酒匂隆雄の畢生の遊楽三昧 sakoh

本当の話です。

2026/04/02

昨日から日経新聞の”私の履歴書。”に、ANA.ホールディングス会長である片野坂真哉氏の連載が始まった。

片野坂氏は鹿児島出身で、ラサール、東大と言う秀才コースを歩んで来た人だ。

今日の記事にに氏の幼少期の事が書いてあり、大変懐かしかった。

曰く、”今ではとても考えられない。お風呂も男性が先、女性は最後。洗濯物も男物と女物は別々に洗う。食事は家長や長男が床の間を背に座り、脚の高いお膳で供されるのに対し、女性は敷居で隔てられた控えの間で食事する。(お母さんが)自分が食べようと思っても、釜に飯が残っていないことさえあった様だ。”

現在では考えられないが、正に本当の話である。

筆者の両親は2人共鹿児島出身で、流石に母親がご飯を別室で食べる事は無かったが、父親が帰宅する迄は子供達にはさっさとご飯を食べさせたが、決して自分で食事を先にする事は無かった。

台所には男子は入るなと言われて,用が有ればそう言いなさいと言われて、そんなものかと思って従っていた。

筆者が今でもお茶も沸かせず、出来る料理はペヤングだけなのは,そのせいである….

ペヤングの発売は大学を出てからであるが、学生時代に下宿生活をしている時に,時々部屋のストーブでインスタント•ラーメンを作っており、ペヤングの作り方は簡単だった。

あんな物、お湯を入れるだけだろうと侮るなかれ。

湯切りが大切なのである。

中途半端だと,麺がダラッとして美味しくない。

そう言えば、暫くペヤングを食べていないなあ。

カミさんが一月に転倒して左手首を骨折した時に、自分では料理が出来ないので、”良い機会だから,少し料理の練習をしたら?”と言われたが、”薩摩隼人はメシなんか自分では作らんのだ!

外で食べるか、セブン•イレブンのお握りで良い。”と言ったら、”何が薩摩隼人よ。今頃そんな事を言ってるのは貴方くらいよ。”と呆れていた。

出来ない物(したく無い物)は出来ない!(したくない。)

俺は薩摩隼人だ!

文句が有るか?

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プロフィール

さこう・たかお
酒匂隆雄

酒匂・エフエックス・アドバイザリー代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。
YouTubeチャンネル「酒匂塾長チャンネル」開設。

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