蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

トランプは正気を失っているのか?

2026/06/03

1973年、私がマンハッタンのロックフェラーセンターの西側にある大手出版社TIME誌本社でインターンをしていた頃、ヤンチャで派手好きな若手不動産業者を見かけたことがある。自分の名前入りのキャデラック、高級スーツに身を包み、ペントハウスでポーズ。なんともいけ好かない奴だった。

男の名前はドナルド・トランプ。今や虚言、暴言、妄言でアメリカ大統領まで上り詰め、世界を混乱に陥れている。悪い奴が憚るのはこの世の常だが、どうすればあれほどまでに人を不愉快にさせながら注目を集め続け、法律も倫理を蹴散らして一度ならず二度も権力の座に居座り続けられるのか。

ひょっとしてトランプは正気を失っているのか?

トランプの不安定な言動が彼の精神状態に関する議論を再燃させている。誰の目にもこのところトランプは奇妙で、夜な夜な理解不能なソーシャルメディアへの投稿を続けている。ローマ教皇を攻撃したことも記憶に新しい。イランによる中東の米軍基地攻撃やホルムス海峡封鎖に動揺したトランプは「イランを地図上から抹消する!」と口走った。

米メディアによれば、ホワイトハウス内での彼の下品で支離滅裂な発言は周囲の者にとって苦痛でしかないという。公式の席での居眠りも目立つ。

それで思い出すのが、2017年10月、それまでの沈黙を破って、ハーバード大学、スタンフォード大学、ニューヨーク大学など全米で最も権威ある精神科医や臨床心理士27人が「トランプは極度の精神障害患者で、大統領には不適格だ」という警告書を緊急出版したことだ。

トランプの病理的な特性―つまり自己愛、妄想、反社会性、サディズムなど―が国家を危険に晒しているというのだ。本のタイトルはズバリ『The Dangerous Case of Donald Trump』(ドナルド・トランプの危険なケース)。

たちまち全米のベストセラーになった。

だが、時すでに遅し。強欲で高齢で、常識はずれで、自己中の男が世界最強の権力の座に就いてしまった。なぜもっと早く警鐘を鳴らさなかったのか。

その理由はアメリカ精神医学会の「ゴールドウォーター・ルール」にある。この行動規範は、公的な人の健康状態について専門家が正式に検査をせずに発言することを戒めている(日本のワイドショーに登場するお医者さんは結構やっているが)。

しかし27人の専門家は、国や人々の安全が脅かされる場合は「危険を知らせる義務」の方が大きいと考えて、敢えてルールを破ったのだ。

じつは退役海兵隊大将でトランプの二人目の首席補佐官だったジョン・ケリーはトランプの常軌を逸した言動にどう対処すべきか知ろうと密かに同書を読んでいたという。

ニューヨーク・タイムズ紙とニューヨーカー誌の記者の共著『ザ・ディバイダー』の中で、ケリーは病的な嘘つきである大統領を理解するうえで有意義な本で、「肥大するトランプの自尊心は不安感の裏返しだ」ということが分かったと述べている。

実際、トランプの症状は悪化しているように見える。例えば、ある月曜日の夜、トランプは3時間ほどの間に55回も支離滅裂な投稿または再投稿した。その中にはオバマ大統領がクーデターを企てたというものもあった。会議中に居眠りをするのも無理はない。

今や内外の多くの人々が、実直な人間に政治権力を託したいと思っているのではないか。だが、トランプの取り巻きのトランピスト閣僚や共和党議員たちは、自分たちの権力と利益を放棄して、憲法修正第25条第4項を発動する気などなさそうだ。

修正第25条第4項には、「大統領が職務を遂行できないと副大統領と閣僚の多数が判断した場合、強制的に権限を副大統領へ移す手続き」が規定されているのだが。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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