ハンガリー選挙

米軍によるホルムズ海峡「逆封鎖」や停戦交渉に世界の注目が集まるその陰で、地政学的に極めて重要な出来事が起きていた。4月12日のハンガリー総選挙でロシアのプーチン大統領と米国のトランプ大統領が共に称賛する「非自由主義者」ビクトル・オルバン首相(62)が惨敗したことだ。
欧州指導者の中で最長の16年間にわたり強権色を強め「EUの異端児」と呼ばれた親ロシア政権の退場は、ハンガリーだけでなく欧州政治における歴史的な転換点となった。

それはまた反移民・反欧州連合(EU)の波に乗って躍進を遂げてきた各国の極右ポピュリズム政権の限界を感じさせる瞬間でもあった。つまり、彼らの地政学的レトリックは結局のところ庶民の生活苦や経済格差に対する怒りに勝てず、長期ポピュリズム政権は独裁と腐敗が蔓延して国民の支持を失うということだ。秋に中間選挙を控えたトランプ政権にも少なからず当てはまるだろう。
今回の選挙結果を現地メディアは民主主義プロセスの勝利だと伝えた。投票率は同国史上最高の74%。バンス米副大統領の現地入り、著名人の支持、さらにはロシアによる野党陣営へのサイバー攻撃にも拘わらず、ハンガリー国民は新たな指導者を選ぶことに躊躇しなかった。
EU寄りの新興野党「ティサ(尊重と自由)」は全199議席の内138議席を獲得。憲法改正に必要な3分の2を超える議席(スーパーマジョリティ)を確保した。一方、オルバンの率いる右派政党「フィデス・ハンガリー市民連盟」はわずか55議席に留まった。
深夜、ライトアップされた首都ブダペストの議会議事堂周辺に集まった数万人規模の支持者たちは、「オルバン政権を打倒し、祖国を解放した。真実が嘘に勝った!」と叫ぶティサのペーテル・マジャル党首(45)の勝利宣言に熱狂した。
その高揚感を作家で詩人のアンドラーシュ・ぺテーツは「ソ連崩壊時にブダペストにいた時の記憶が思い起こさせるものだった」とCNNのインタビューに答えている。多くの市民にとっても体制転換が実現したような劇的な感覚だったに違いない。
じつは、マジャルは元々フィデス党の中枢にいたエリート官僚・法律家で、長年極右オルバン体制を内側から支えてきた人物だ。元妻も政権の司法相を務めていた。しかし、2024年に政権の汚職と権力乱用を内部から告発して大統領と共に辞任。新興野党ティサの党首に転じた。今回の選挙では、内部告発者としての社会的信頼と保守層と若者の双方の広い支持を得て歴史的な勝利を手にした。
しかし前途は多難だ。経済は長期停滞と財政悪化が重なって深刻な状態に陥っている。欧州委員会の2025-27年予測ではGDP成長率が0.4%とから2.3%に改善されるとしているが依然として低水準。インフレは3.6%と高く、財政赤字はEU基準を大きく超過している。公的債務もGDP比75%前後で上昇傾向にある。

経済悪化の主原因はオルバン政権下の汚職と縁故主義だ。EUは、政権の司法の独立性の欠如、公共調達の不透明さ・汚職リスクなどを理由にハンガリーに配分される公的資金総額約350億ユーロ(約5.5兆円)をこれまで凍結してきた。新政権誕生によってそれらの資金が解凍される見込みは高まったが、EUは「選挙結果だけでは解凍しない」と明言しており、民主的改革の実行が必須だ。
経済以外でも厄介な問題がある。それは欧州でもっとも熟練した政治オペレータのひとりと評されるオルバンの独裁体制の残滓だ。前首相は、選挙で敗北しても政治的影響力を保持しており、地方組織・メディア・官僚機構に深く根を張っている。そんな組織化された強力な野党と新政権は対峙することになる。政治的妨害は十分あり得るだろう。
ハンガリーの憲法では、大統領が審議会を招集・宣誓させるまでに30日間の猶予がある。オルバンがこの空白期間を利用して、マジャルの改革を妨害するような法的変更や人事異動を行うのではないかという懸念がEU内で広がっている。
さらには、反ロシアの新政権に対してロシアがエネルギー供給で圧力を強めたり、情報戦で揺さぶりをかけてくる可能性もある。つまり、経済再建+旧体制との戦い+ロシアの圧力という三重苦が待っているのだ。
はたして新政権はそんな苦難を克服できるのだろうか。千年以上にわたりオスマン帝国、ハプスブルク、ナチス、ソ連など周囲の大国の支配を受け続けた歴史を持つハンガリー人(マジャール)には、逆境を笑い、挑戦を恐れず、苦難を力に変える「マジャール魂」があるという。敢えて挑む者が勝つのだそうだ。

