蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。
現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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戦う孔雀

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Aung San Suu Kyi 2016

 「戦う孔雀」がまた囚われの身になってしまった。

といっても動物園の話しではない。日本でもすっかり有名になったミャンマーの民主化運動家でつい先日まで国家最高顧問だったアウン・サン・スーチー女史のことである。

このところ彼女とは口も聞かないほど険悪な関係になっていた国軍最高司令官のミン・アウン・フライン将軍が2月1日に突如軍事クーデターの暴挙におよび、スー・チー女史をはじめ数百人の活動家を拘束して全権を掌握したと宣言してしまった。夜間外出禁止令も発令され、インターネットや軍営放送以外のテレビニュースは遮断されているという。

ミャンマーは1962年から2011年までの半世紀近く軍事政権の恐怖政治に支配されてきたアジアの仏教大国だ。しかし2015年の総選挙でスー・チー女史が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が圧勝、初の文民政権が誕生した。欧米の制裁も緩和され、少数民族迫害問題はあるものの、経済も回復基調で国際的に評価が高まっていた。そんな矢先の暴挙だった。

反民主的なクーデターを起こせば欧米から厳しく非難され経済にも悪影響が出ることは百も承知だろうと思うのだが、権力の亡者はけっこう理にかなわないことを平気でやる。なにしろ執念にとりつかれているから見境がない。

じつは、民政移管後も国軍は強固な政治的権力を維持してきた。国軍最高司令官は議会全議席の4分の1を任命する権限を持ち、国防大臣、内務大臣、国境大臣の3つの要職も指名できると憲法で定められているからだ。外国籍の家族を持つ人物は大統領に不適格という規定も英国人と結婚しているスー・チー女史を国家元首にさせないためだ。

それをいいことにフライン将軍ら軍幹部は少数派イスラム教徒ロヒンギャを残虐に弾圧し、さまざまな経済的利権で私腹を肥やしてきたといわれている。それなら文句はないのではと常人はかんがえる。だがこの将軍にはメラメラと燃える野心があった。今年夏の任期切れ後に次期大統領になるという野望だ。

ところがその夢が吹っ飛ぶ出来事が起きた。昨年11月の総選挙で国軍が支援する連邦団結発展党(USDP)がNLDに大敗してしまったのだ。激怒したフライン将軍は「総選挙で不正が行われた」という根拠なき理由でクーデターを企て実行に移したのである。これで自身が引退する必要がなくなりスー・チー女史を押さえ込めると思ったのだろう。なんだか「不正選挙だ!」と叫んで過激な支持者に連邦議会議事堂を襲撃させた傍若無人なトランプ前米大統領を彷彿とさせる。

だがそれも誤算だった。なぜなら国民の大多数がスー・チー女史を「私たちの母」と呼ぶほど敬愛しているからだ。その結果が全土で野火のごとく燃え広がった数万人の抗議デモである。

国軍は各地で装甲車を展開して脅したが、そんなことでデモ隊は怯まない。なにしろ彼らのリーダーは、軍政による幾度もの自宅軟禁に耐えてノーベル平和賞も受賞している「戦う孔雀」だからだ。

 ミャンマーでは2007年にも大規模な流血の反政府デモが起きた。多数の僧侶も参加したため僧衣の色から「サフラン革命」と呼ばれた。サフランの花言葉は「歓喜」そして「過度をつつしめ」「乱用するな」だ。

その花言葉とは裏腹に、また流血の惨事が繰り返されるかもしれない。

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トランプ終焉

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世界を混乱させ、新型コロナ死者40万人以上を見殺しにし、就任時と比べて300万人もの職を奪ったうえ、前代未聞の連邦議会議事堂襲撃まで引き起こしたドナルド・トランプ。そんな悪玉大統領とその一族が20日、ようやくホワイトハウスから姿を消した。世界中から安堵のため息が聞こえるようだ。

だが、まだ疑問は残っている。

ひとつは、暴徒と化したトランプ支持者たちがなぜあれほど簡単に議事堂に侵入できたのか。当日に大統領の呼びかけに応えて全米から怒りに満ちた群衆が押し寄せてくることは十分予測されていた。それ相応の警備体制が敷かれていたはずだ。

群衆の数が予想外に多かったのか。それもある。だが記録された映像の中には、一部の警官が抵抗もせずに自ら鉄柵を開けて暴徒らを敷地内に入れている姿が映っていた。暴徒とスマホで自撮りする者さえいた。

テレビで一部始終を観ていたトランプ大統領はご満悦で、鎮圧のための州兵動員要請を拒んだという。昨年、白人警官による黒人暴行死事件が起きた際には即座に州兵どころか連邦軍を出動させろと息巻いていたのに。トランプ親衛隊ともいえる暴徒たちのほとんどが白人だったからだろう。

それを知ったバイデン次期大統領(当時)は「もし議会を襲った暴徒がブラック・ライブズ・マター(BLT:黒人の命だって大切だ)の活動家だったら、同じ扱いを受けただろうか!」と怒りを露わにした。当然だろう。

トランプの白人至上主義に同調してあからさまに対応を変える警察のおぞましさをバイデンは指弾したのだ。これまでに何度もこのコラムでも書いたが人種差別と警察暴力は米国の原罪なのである。

もうひとつ不可解なことがある。それは乱入した極右団体のメンバーや白人至上主義者たちが議事堂内を平然と移動して下院議長の執務室などに侵入していたことだ。「ペンスを首つりにしろ」と叫ぶ暴徒たちが議場に押し寄せたのはペンス副大統領が避難したわずか1分後だった。

なぜ彼らはそれほど内部事情に詳しかったのか。

元海軍パイロットのマイキー・シェリル下院議員(民主)は、自身のフェイスブックで、事件の前日に議事堂を「偵察」する集団を同僚議員が案内しているのを目撃したことを明らかにしている。

「彼(トランプ)をほう助した議員、1月5日に私は目撃したのだが、翌日のための偵察をするグループを議事堂で案内した議員。この暴徒の集団を扇動した議員。民主主義を損なおうとする大統領を手助けしようとする議員...に責任を取らせて、必要であれば、議会に奉仕できないようにする(辞職を要求する)!」と同議員は怒り心頭だ。

それが事実なら、襲撃はトランプが主張したような偶発的な出来事ではなく周到に計画されたもので、警備当局だけでなく議員にも協力者がいたことになる。就任式前日には動員された2万5千人の州兵のうち12人が極右組織と関係があるとして排除されているのも不気味だ。

それだけではない。事件前に極右勢力が海外から多額の寄付を受け取っていたことや、下院議長のオフィスから盗まれたパソコンがロシアに売り渡されそうになったことを米連邦捜査局(FBI)が捜査していることも判明した。なにやら陰謀の臭いさえするではないか。事件での逮捕者はすでに100人を越えている。いずれ事実が明らかになるだろう。

一方、トランプの2度目の弾劾裁判はバイデン政権下で始まる。共和党上院議員17人以上が民主党に同調して有罪となれば、トランプは公職に就くことが許されなくなり年間約20万ドルの年金も貰えない。

上院院内総務としてトランプを支えてきたミッチ・マコーネル議員もいまや大統領とは犬猿の仲。議事堂襲撃はトランプの「挑発」によるものだと就任式前日に公言した。自分の保身とトランプを共和党からお払い箱にするタイミングが来たと判断したのだろう。彼のひと言でかなりの数の共和党上院議員が雪崩を打って反トランプに転向するだろう。

たとえ裁判が長引いて有罪にならなかったとしてもすでにトランプは死に体だ。5人の死者まで出した議事堂襲撃を目の当たりにした企業経営者や資産家が次々と献金を止め、トランプファミリーの企業との取引を停止し始めているからだ。その上、トランプにとって最後の頼みの綱で最大サポーターだったカジノ王シェルドン・アデルソンまでが87歳で今月病死してしまった。こういうのを運の尽きというのだろう。

トランプを待ち構えているのは巨額の借金と司法妨害、公職選挙法違反、反乱教唆などに対する刑事訴追だけだ。一族が経営するトランプ・オーガニゼーションにも捜査の手が伸びる。

前代未聞の自己恩赦する可能性もとりざたされたが、対象は連邦法の違反に限られる。州法違反による起訴や実刑判決には適用されない。そもそもトランプはこれまでに起訴や有罪判決を受けていない。自分や家族を恩赦することは犯罪行為を認めたことになる。

狂気と幻想のポピュリスト大統領の末路は哀れだ。ホワイトハウスで彼を見送る人の姿はほとんどなかった。破れかぶれになった市民トランプが大統領任期中に知り得た国家機密情報を敵国に漏洩するのではないかという不安が残る。

2万5千人の州兵やシークレットサービスが厳戒態勢を敷く中、首都ワシントンの連邦議会議事堂前ではバイデン大統領の就任式が行なわれた。コロナウイルスの犠牲者に黙祷をささげたバイデンは、次のように高らかに宣言した。

「きょうはアメリカの日であり、民主主義の日だ。民主主義が勝利を収めた。共和と民主、地方と都市、保守とリベラルという無意味な争いを止めなければいけない。私は全ての国民の大統領になる。・・・同盟を修復し、再び世界に関与する」

78歳という年齢を感じさせない力強い演説だった。空は晴れわたり、恐れていたトランプ支持者の過激な抗議行動は起きなかった。

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今再び「Brexit」の混乱

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世界的な新型コロナ危機と米大統領選後の成り行きに注目が集まる中、もうひとつ経済混乱の火種が大きな山場を迎えている。欧州連合(EU)とEU離脱後の英国との将来協定交渉だ。交渉期限が今月末に迫っているのに自由貿易協定(FTA)の内容などを巡って両者の溝が埋まらないため、このままでは「合意なき離脱」の可能性が高い。

「英国はEUの規制の中に閉じ込められることなどできない!」と傍若無人英国の独立性を最優先するボリス・ジョンソン首相は強引にEUの譲歩を迫っている。対するフォンデアライエン欧州委員長は端正なルックスだが、医学博士号を持ちドイツのメルケル政権下で初の女性国防大臣を務めた豪腕。「公正な競争環境を守ることが世界最大の単一市場にアクセスする条件です」ときっぱり英首相の要求を突っぱねた。

それでも本音では両者とも交渉決裂を望んではいない。だからこれまで何度も期限を先送りして話し合いを続けてきたのだ。だが今回は期限切れまで秒読みの段階だ。「合意なき離脱」となれば、関税が上がったり物流の停滞が起きるなど欧州経済だけでなく日本企業への悪影響も避けられないだろう。

土壇場で交渉が難航している理由はふたつだ。ひとつは「英国周辺海域の漁業権」。もうひとつは「公正な競争条件の確保」である。ジョンソン首相は離脱移行期間が終了後には英国周辺の漁業海域の管理権を取り戻すと主張して譲らない。

一方、フランスやオランダなどEU加盟国はこれまで通りの漁業権維持を要求している。英国近海はサバやタラなど豊かな漁場だからだ。「いかなる場合でも、(EU加盟国の)漁師を離脱の犠牲にしてはならない」とフランスのマクロン首相はとくに鼻息が荒い。

ジョンソン政権も負けてはいない。通商協定が結べなければ漁業水域に砲艦を派遣する用意があると脅かす完全な「戦闘」モード。さすがにこれには国内からも「みっともない」との声が上がっているが。

公正な競争条件については、規制緩和を進め企業の自由競争を促進するのが英国の方針だ。ところがEU側は英国の環境、労働、税制、政府補助金などに関する規制をEUと同等の水準にすることを求めている。英国が一方的に規制を緩和し安価な製品を輸出するようになればEU域内企業が不利になるからだ。そもそもEU27加盟国が自分たちに不利になることを覚悟で英国だけに特別待遇を与えることなどあり得ない。英国産業界からもジョンソン首相の高姿勢には批判の声が上がっているくらいだ。

しかし、ジョンソン首相が敬愛する政治家はたったひとりで歴史を変えた英宰相ウィンストン・チャーチルだ。チャーチルは、誇り高き大英帝国は「欧州と共にあるがその一部ではない」と英国の独立性を明言していた。ジョンソン首相は自分がそんな「イングシック・ナショナリズム」の継承者だと自負している。そう簡単に妥協するわけにはいかないのだろう。

ところが厄介なことが起きた。個人的に意気投合していたトランプ大統領が米大統領選で民主党のバイデン候補に敗れてしまった。バイデン氏はジョンソン首相が大嫌い。「体つきも考えもトランプのクローンだ」とこき下ろしている。それだけではない。ジョンソン首相の親中国、反EU政策に対して米民主党からも反発の声が上がっている。バイデン新政権が対中強硬路線をとれば、中国との経済的関係強化で「合意なき離脱」を乗り切ろうというジョンソンの思惑が外れてしまう。

脅威のスタミナと決断力で英国をナチスの侵攻から守った生前のチャーチルはときに下品でジョーク好き、目立ちたがり屋のデブの嘘つき男などと罵られたこともあった。だが彼の庶民的なジョークは戦禍で怯えている国民を笑わせ勇気づけた。大英帝国の歴史的栄光を胸に秘めるジョンソン首相も下品でジョーク好き。だがスタミナと決断力はとてもチャーチルの足下にも及ばないだろう。さてどうするか。これからが見物だ。

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