蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

米国とイランの熾烈な主導権争い

2023/11/24

爆撃で跡形もなくなった難民キャンプ。ガレキと廃墟、有り合わせの布で包まれた数多くの女性や子供たちの遺体、悲嘆に暮れるパレスチナの人々。

パレスチナ自治区ガザで続くイスラエル軍とイスラム武装勢力ハマスによる戦闘の凄惨な光景を私たちは毎日のようにテレビで目にしている。

今回はその舞台裏で中東再編を巡ってせめぎ合う米国とイランの熾烈な主導権争いに注目したい。

イランを「世界最大のテロ国家」と敵視するバイデン政権は水面下でイスラエルとアラブの関係を改善し、イラン包囲網を構築して中東での米国の影響力低下を食い止めようと画策してきた。

その結果、サウジアラビアとイスラエルの国交樹立交渉は今年の夏ごろから急進展。大統領選を来年に控えたバイデン大統領が外交成果を実現するためにサウジに核支援を行うことまで協議されていたという。

ところがその動きにハマスがくさびを打ち込んだ。イスラエルへの大規模奇襲攻撃である。その一撃でバイデンの思惑は吹っ飛んでしまった。

黒幕がイランであることはまず間違いない。米国と敵対するイランはこれまでレバノンに本部を置く親イランイスラム武装組織ヒズボラを通じてハマスに戦闘訓練や武器、経済的援助を提供して攻撃の機会を狙ってきたからだ。

サウジとイスラエルの国交正常化が実現すれば、サウジはイランに続く中東地域で2番目にウラン濃縮を行う国となる。それだけではない。イスラエル軍がサウジ領空を通ってイランへ直接攻撃することも可能になる。どちらもイランにとっては悪夢だ。それを阻止するためにイスラエルに対して長年の憎悪をたぎらせるハマスを利用したのだろう。

それにしてもイランと米国はなぜこれほどまでお互いを嫌うのか。

じつは19世紀後半から第2次世界大戦直後までイランと米国は同盟国だった。だが、イランのモサデグ首相が石油国有化に踏み切ると米諜報機関CIAがクーデターを計画し実行。モサデク首相を失脚させ親米の独裁皇帝シャーを権力につかせた。

抑圧に怒った宗教指導者や国民は猛反発。1979年にイスラム革命を起こして王政を打倒しイスラム原理主義者ホメイニ師を指導者とする反米のイスラム共和国を樹立した。

その年の11月にはホメイニ師を熱狂的に支持する学生たちが首都テヘランの米国大使館乱入し米国人52人を444日間人質に取る事件も発生。それがきっかけで両国は国交を断絶し、その後も関係は悪化を続けた。

イラン・イラク戦争の最中の1988年、米軍艦がミサイルでイラン航空の旅客機を撃墜。搭乗していた290人が全員死亡する大惨事も起きた。米政府は誤射だとして、当時大統領選挙中だった副大統領だったジョージ・E・Wブッシュ(父ブッシュ)は「謝罪するつもりは決してない」と発言してイランの怒りを買った。

その息子でおバカの代名詞になったジョージ・W・ブッシュ大統領も議会演説でイラクと北朝鮮に加えてイランを「平和を脅かす悪の枢軸国」と名指ししたため、米国とイランの関係はさらに悪化した。

さらに、2019年には外交に無頓着なトランプ大統領がイランの国民的英雄だったソレマイニ革命防衛隊司令官殺害を命令。まさに米国からイランへの宣戦布告だった。両国関係は周辺のアラブ諸国を巻き込みながら戦争前夜といわれるまで劇的に悪化したまま現在に至っているのだ。

一方、イランの宿敵イスラエルは米国と特別な関係で結ばれている。世界でもっともユダヤ人多い国は米国とイスラエルだ。2022年の統計では、米国に約730万人、イスラエルに約718万人住んでいる。ワシントンで外交政策分野の最強のロビーは10万人以上の会員を持つ米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)でその影響力は強大だ。

その証拠に、米国国際開発庁(USAID)のデータによると、米国が1946年~2013年の63年間に全世界に対して拠出した経済や軍事援助の累計1,923億ドルのうち60%がイスラエルに集中している。米国議会が常にイスラエルに対して強い支持を続けているのが窺える。

幾度失脚しても返り咲くため「政治の手品師」といわれるイスラエルのネタニアフ首相は自分の権力を守るためなら米国を徹底活用する戦略だろう。目的のためならパレスチナ人だけでなく自国民を犠牲にすることも厭わない。11月7日の時点ですでにイスラエル側の死者は少なくとも1400人、双方合わせると死者は1万2000人を超えているという。さらに増えるだろう。

イスラエルは今回、3段階の作戦を想定しているようだ。第1段階の「ハマスのインフラ破壊」はこれまでにない激しい空爆と地上侵攻ですでに終了。10月末からは第2段階の「抵抗勢力が集まる場所の排除」としてガザ市を包囲し、網迷路のように広がる地下トンネルやハマス施設だとされる病院を破壊する作戦が始まっている。

しかしもっとも難航すると思われるのは第3段階の「イスラエル市民の新しい安全保障の実現」だ。戦闘終結後のガザ地区の統治についてイスラエル政府内で意見の対立があるからだ。 米国とイランの代理戦争色が強まる中、パレスチナ問題の「核心」と呼ばれるガザ地区での戦闘は長期化することは避けられない。それが四半世紀以上経った今も継続的に和平を実現できない中東の悲劇的な現実なのだ。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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