蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

今回の中東軍事衝突に蠢く大国の思惑

2023/10/18

イスラム武装抵抗運動ハマスが今月7日未明に3000発ものロケット弾をイスラエルに対して撃ち込む大規模な奇襲攻撃を敢行し世界を震撼させた。新型コロナ大流行の前に取材で訪れたイスラエルで血で血を洗う報復合戦がまた始まってしまった。

ニュースが飛び込んだ翌日、私は2本の映画を見直すことにした。戦闘シーンこそないが、イスラエルとアラブの対立の本質が描かれている気がしたからだ。

1本は2010年のフランス歴史映画『黄色い星の子供たち』。ナチス占領下のフランスで、識別のために黄色に星のワッペンを着用させられたユダヤ人1万3000人が検挙されドイツの強制収容所に送られた事件のドキュメンタリーだ。ユダヤ人迫害の深刻さを描いた作品である。

もう一本は2011年に4カ国合作で製作された『ミラル』。こちらは反対にユダヤ民兵組織の迫害によって親を殺されたアラブ戦災孤児がエルサレムに溢れたときの実話を基にした作品である。どちらも民族的悲劇だ。

パレスチナ問題と呼ばれるイスラエルとアラブの対立は根深い。紀元前586年に王国が滅亡し流浪の民となったユダヤ人が、アラブ系パレスチナ人が住んでいたパレスチナ地域に1948年イスラエルを建国し、パレスチナ人を強制退去させたことから始まっているからだ。70万人が故郷を追われ難民となった。

国連はパレスチナと土地を分割する決議を採択したが、全人口の31%しか占めていないユダヤ人に全土の57%を割り当てるという露骨なイスラエル寄りだったため、反対する周辺のアラブ諸国を巻き込んで4度も中東戦争が勃発。未だに解決に至っていない。

なぜ不平等決議だったのか。その裏には大統領選を控えたトルーマン米大統領が国内のユダヤ人の支持を獲得しようとイスラエルを強力に後押ししたことがある。トランプ前大統領が声高に叫ぶずっと前から、米国はいつも「アメリカ・ファースト」なのだ。

それにしてもなぜ今、パレスチナ難民220万人が住むガザ地区を支配するハマスが同胞の犠牲者が多数でることを知りながら地域の最強国家イスラエルに対して奇襲攻撃を仕掛けたのか。イスラエルの宿敵イランの支援があったことは想像に難くない。イランの最高指導者ハメネイ師は「攻撃を計画した者たちの手に接吻する」と発言したくらいだ。

しかし、ハマスの政治指導者ムサ・アブ・マルズークが米『ザ・ニューヨーカー』誌に語った答えは「絶望感」だった。近年、イランの台頭に危機感を深めたアラブ諸国がイスラエルとの関係改善を模索する流れの中で、パレスチナ人は孤独感に苛まれているのだ。

「我々は世界中の国々にイスラエルの非情な占領政策を止め、パレスチナ人の独立を認めるよう呼び掛けてきた。しかし状況は悪くなるばかりだ。・・・我々はいまだに(イスラエルの)占領下にある」と、アブ・マルズークは怒りを隠さない。

その言葉通り、地中海に面した淡路島ほどの面積しかないガザ地区はイスラエルの強硬な封じ込めで「天井なき巨大な監獄」と化している。

一方、強硬派で知られるイスラエルのネタニアフ首相はこの時とばかりに「ハマスを皆殺しにする」と宣言。大規模な報復攻撃を開始した。じつはネタニアフは裏でハマスを利用して敵視するパレスチナ自治政府を潰すそうとしたこともある狡猾な「政治の手品師」だ。

今回のハマスの攻撃を察知できなかったのは大失態だが、強硬策をとれば彼自身が汚職まみれで起訴されていることを国民の目から逸らし、権力を掌握するチャンスだと考えていても不思議はない。

世界各地ではパレスチナを支持するデモが広がっている。ハマスが存在感を強めるのか、それとも殲滅されてしまうのか。その答えが出るのは数か月先になるだろう。

中東は地政学上の要衝で、石油というエネルギー資源が偏在しているがゆえに常に大国の思惑に翻弄されてきた。地域での宗教対立とその裏にある経済利権や覇権争いに加えて、米国、ロシア、中国の動きが絡みあっている。

今回のハマスの攻撃とイスラエルの反撃で、バイデン米政権が画策していたイスラエルとアラブの関係を改善させイラン包囲網を構築するという水面下の作戦は頓挫した。

一方、ロシアはイランとの関係を維持しつつ中東地域でも軍事的プレゼンスを高めている。世界のメディアの関心がウクライナ戦争からパレスチナ紛争に移ったのはプーチン大統領にとって悪いニュースではあるまい。

中国も今回の出来事をテコに中東地域での影響力を拡大させようとしている。その証拠に奇襲攻撃後、中国政府は声明でパレスチナの独立を支持し、暴力は否定したがハマスを名指しで批判しなかった。中国の中東問題担当特使翟隽(ザイ・ジュン)はエジプトと共にイスラエルとパレスチナの和平合意を仲介したいとまで発言している。

すでに3月に習近平国家主席はサウジアラビアとイランの外交正常化を仲介して世界を驚かせ、6月にはパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長を北京に招待してパレスチナ和平に積極的に関与する姿勢を示していた。

近年、イスラエルに対してもインフラ投資を進めているところがなかなか中国のしたたかなところだ。対立する米国を牽制していることは明らかだ。

中東は世界の火薬庫であると同時に地政学的綱引きの現場でもある。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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