蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

ピースメーカーは存在するか

2022/06/22

米ロ戦略核兵器削減条約に基づいて解体される予定の核兵器10基がロシア西部のチェリアビンスク基地から鉄道で運び出された。ところが何者かに襲撃されその1つが爆発。

核爆発を探知した米国政府はすぐさまテロと判断し現地に専門家を派遣。8基の回収に成功したが、残りひとつが行方不明になったため世界的な規模で追跡劇が繰り広げられた。当初その核弾頭は南東ヨーロッパのボスニアに持ち込まれたと思われたが、じつは世界平和を象徴するある建物の中に・・・。

もちろん現実に起きたことではない。これは25年ほど前に話題を呼んだ名優ジョージ・クルーニー主演のサスペンス映画『ピースメーカー』のあらすじである。しかし現在でもあながち絵空事とは言えないところが怖い。

ソ連邦崩壊の混乱の中、取材中に、1990年代にウクライナからロシアに移送されたはずの大量の小型戦術核兵器が違法に持ち出されて行方不明になったというウクライナ議会調査委委員会の報告書さえある。

今もテロリストや武器商人にとって戦争後の混乱は兵器密売の絶好のチャンスであることに変わりがないのだ。じつはウクライナ戦争もそのひとつである。

国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)のユルゲン・ストック事務総長は1日、「(ウクライナ戦争下で)武器の入手が容易になっており、紛争終結後は違法な兵器として拡散することになるだろう」と警鐘を鳴らした。

米国や西側諸国などが気前よくウクライナに供与している大量の武器の一部が欧州をはじめとする犯罪組織の手に渡る恐れがあるというのだ。「こうしているうちにも犯罪者はすでにそうした武器に目をつけている」として、ストック事務総長は武器追跡データーベースを使った監視を強化するよう各国に呼びかけた。

CNN放送によれば、米国が国境を越えてウクライナに供与した対戦車ミサイルや地対空ミサイルがどうなったか確認する方法はほとんどなく、バイデン政権もそのリスクを認識しているという。

毎日ニュースですっかりお馴染みの携行型の対戦車ミサイル「ジャベリン」や対空ミサイル「スティンガー」は、列車で輸送される地対空ミサイル「S300」のような大型ミサイルに比べて追跡が難しいのだ。

さて、映画の結末はどうなったのか。

核弾頭を隠し持った犯人の目的地は謎の暗号「44E」だった。クライマックスでそれがマンハッタン44丁目、つまり国連ビルだということが判明する。最後は当然のごとくギリギリの所で正義の味方がテロリストを倒して核爆発を食い止める。だが現実の世界は映画のようにうまくいくまい。

映画が公開された頃、イラクの首都バグダッドでは政府建物や各国大使館が集中していて米軍の厳重な警備下にあったいわゆるグリーンゾーンで自爆テロが起きている。議員を含む8人が死亡、20人近くが負傷した。

つまりテロとの戦いに、安全な「聖域」などとっくに無くなっているのである。

映画のタイトルである「ピースメーカー」とは米国の西部劇で必ず出てくる銃の呼び名で、「平和をもたらそうとする人」という意味だ。銃乱射事件が日常化している米国をみると、なんとも皮肉な名前である。

ウクライナに軍事侵攻したロシアの残虐行為は決して許されることではない。しかし、ウクライナにひたすら大量の武器だけを送り込んで戦争をエスカレートさせ軍産複合体と武器商人たちを喜ばしている米国をはたして「ピースメーカー」と呼べるのだろうか。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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