蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

米大統領が今回のサウジ攻撃に消極的な理由

2019/09/20

「これは(イランの)サウジアラビアに対する直接の戦争行為だ!」 強行派ポンペオ米国務長官はまるで戦争前夜のように記者団に向かって叫んだ。サウジ国防省のマリキ報道官が記者会見でイランがサウジの主要石油施設を攻撃した証拠としてドローン(無人機)や巡航ミサイルの破片を公開したからだ。

米政権は「48時間以内」にイランに対する追加制裁を発表するとしているが、トランプ大統領は全面的な戦争突入にはじつは消極的だ。トランプはなんでも損得勘定で考える強欲な商売人だ。中東で戦闘に巻き込まれることは彼にはなんの得もない。自分の再選を危うくする。議会も国民も新たな戦争など望んでいないからだ。

それに誰がどこからサウジに攻撃をしかけたかはまだ不明だ。芥川龍之介の短編小説『藪の中』の状況である。9月14日、サウジアラビアの主要石油施設が攻撃された直後に犯行声明を発表したのは隣国イエメンの武装勢力フーシだった。だが、米国はイランの仕業だと非難。イラン側は事実無根の言い掛かりだと否定している。

中東は「世界の火薬庫」と呼ばれるほど各国の思惑が複雑に絡みあい微妙なバランスで和平が保たれている不安定な地域だ。ひとつ間違えばこれまで幾度も繰り返されたような全面戦争に繋がる危険がある。別の言い方をすれば、狸と狐の化かし合いの場なのだ。記者発表など鵜呑みにできない。かつてCIAが2度も証拠をでっち上げてイランのイスラム政権打倒を画策したという前歴もある。

そもそも中東のデリケートなバランスを崩したのは外交無知のトランプ米大統領だ。昨年5月、米国が一方的にイラン核合意から離脱を宣言し、イランに「最大限の圧力」をかける政策に転換したからである。

その一方でトランプは、親イスラエル・サウジの姿勢を鮮明にしてきた。2020年の大統領選で有利だと算盤をはじいたのだ。米国内でトランプ氏の岩盤支持層は親イスラエルのキリスト教保守派だ。サウジアラビアは大量の米国製兵器を購入してくれる上顧客で、支持層の一角である軍事産業を喜ばせることができる。

米国が反撃してこないと読んだイラン最高指導者ハメネイ師が同国の軍事力を誇示して今後の交渉を優位に進めるためにイラクやシリアで活動しているイラン影響下の武装勢力を使って仕掛けた可能性も考えられる。今回の空爆は飛行距離、戦略、精度、規模友に過去のフーシ派の攻撃とは次元が違うからだ。

CNNテレビによれば、米・サウジ共同調査団筋はイラク国境に近いイランの基地から発射された巡航ミサイルとドローンによる攻撃だったと断定したというが、確証は公開されていない。イスラエルの総選挙直前というタイミングも絶妙だ。対イラン強行派のネタニアフ首相は汚職疑惑で窮地に追い込まれている。

とにかく今回の空爆の衝撃は大きかった。世界屈指の石油輸出国サウジの生産量が一挙に半減。各国の株価が下落し、原油価格は急騰した。加えて、サウジの防空体制の脆弱さも露呈してしまった。

「我々は犯人を知っており、その理由もある。検証結果によっては臨戦態勢をとる」とトランプ大統領はツィッターに投稿したが、確たる証拠を示していない。イラン攻撃には踏み切れないだろう。やれてもせいぜい限定的な武力行使やサイバー攻撃だろう。皮肉なことに今、「最大限の圧力」を感じているのはトランプ大統領だ。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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