蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。現在は『リーダー&イノベーション・賢者の選択』(日経CNBC,サンテレビ、BS-12)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)のメインキャスター。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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ブレクジットとトランプの関係は?

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「悪いニュースもいいニュースも俺にとってはいいニュースだ。」選挙期間中にそう豪語していたのは他ならぬトランプ米大統領だった。とにかくマスコミの注目を集めればオーケーなのである。「国へ帰れ」と非白人女性下院議員4人を激しく非難した最近のツィートもそうだ。たちまち大炎上。下院で自身の人種差別的発言を非難する決議案が可決されてもどこ吹く風で、再選のためならなんでもありなのだ。

一方、英国ではトランプ米大統領を「無能で軽薄」と酷評して辞任に追い込まれたキム・ダロック駐米英国大使の機密公電漏洩を巡って、名探偵シャーロック・ホームズ張りの「犯人」探しが始まっている。

ロンドン警視庁はすでに公職守秘法違反の疑いで捜査に乗り出し、リークした人物に名乗り出るよう呼びかけているが、犯罪者扱いされるのが分かっていて応じる者はいないだろう。

まず疑われるのは、国内の政府関係者と政治家だ。ポイントは漂流するイギリスのEU離脱問題だろう。混乱の責任をとって6月初めにメイ首相が保守党党首を辞任した後、熾烈な後継者争いを繰り広げているのはジェレミー・ハント外相とボリス・ジョンソン前外相のふたり。いまのところ突飛な言動で「イギリスのトランプ」として知られるジョンソン氏がブックメーカー(賭け屋)で一番人気だ。

ジョンソン氏はもともと離脱首謀者のひとりだが、ダロック前大使は親EU派だった。そこで離脱推進派を勢いづかせるためジョンソン氏が大使を交代させようと画策したというのが地元でよく聞かれる噂だ。だが、そんな単純な構造ではあるまい。

Nigel Farage
Dweller [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

私が注目しているのは急進的離脱派のナイジェル・ファラージ氏だ。離脱派が多数を占める東部の都市ピーターバラで先月行われた下院補欠選挙では、同氏が率いる新党ブレグジット(英EU離脱)党が得票数で既存の保守党を上回った。危機感を持ったジョンソン陣営がファラージ氏に接近しても不思議はない。

ファラージ氏の背後には、2016年の国民投票で英国史上最大の800万ポンド(10億8千万円)もの政治資金を提供して離脱を後押しした英富豪のアーロン・バンクス氏がいる。だが、同氏にはその資金はロシアから違法に提供されたのではないかという疑惑が現在かけられており、国家犯罪対策庁(NCA)が捜査中だ。

バンク氏は疑惑を全面否定しているが、説得力は乏しい。なぜなら、ファラージ氏と共に設立した政治団体「リーブEU(EUを去れ)」は「移民流入は侵略だ」などソーシャルメディアを使って拡散した過激なメッセージの中にはなぜかロシアのプーチン大統領を賞賛する内容のものが含まれていたからだ。2016年米大統領選へのロシア介入と恐ろしいほど相似しているではないか。

ロシア人女性を妻にもつバンクス氏は広報担当者とともに国民投票の数ヶ月前に駐英ロシア大使や他の要人と頻繁に接触していたことも明らかになっている。さらには、16年11月にトランプの大統領当選を祝うためニューヨークのトランプ・タワーに駆けつけた最初の英国人も他ならぬバンクス氏だった。

「ブレグジットとトランプ氏の政治運動の裏には何らかの直接的繋がりがある」と保守党のダミアン・コリンズ議員は主張し、徹底した調査を求めている。

今月末に新首相が決まるが、その背後には情報戦略に長けた外国勢力の姿がちらついている。シャーロック・ホームズならさしずめこう言うに違いない。

「ワトソン君、これは事件だよ」

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香港200万人デモを取り巻く内情

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 「先生、ホントに感謝します!」

大学で講義を終えた私にそう話しかけてきたのは香港から来た留学生だった。いま香港で起きているデモは非暴力な抗議活動だと講義で説明ことが嬉しかったという。それほど香港の若者たちは故郷の民主化に真剣なのだ。

ひとり歩く帰り道で、私は香港返還当日のことを走馬灯のように思い出した。

その日は雨が降っていた。午前零時の時報とともに警官たちは帽子のバッジを王冠からランの花模様のものに付け替え、英国旗「ユニオン・ジャック」が静かに降ろされた。

1997年7月1日のことである。

中国への香港返還祝賀セレモニーには一万人近い人々が集まり、街中が五星紅旗と香港特別区旗で赤く染まった。しかし自由と百万ドルの夜景を楽しんできた香港住民の間には明らかに不安が漂っていた。84年の英中協定によって香港は特別行政区として50年間「一国二制度」で現状維持が約束されていたが、中国政府が弾圧を始めてももう誰も助けにきてくれないことを感じ取っていたからだ。

「香港市民が求めているのは民主主義、人権擁護、そして言論の自由です。もし中国がそれを脅かすようなことがあれば、私たちは力強く立ち向かわなければなりません」と野党民主党の元党首李柱銘氏はかつて私のインタビューにそう答えた。

あれから20年以上過ぎた今、過去最大の200万人、つまり全人口の4分の1以上の住民が香港政府に対して抗議デモを繰り広げている。きっかけは香港で拘束した容疑者を他国に移送できるようにする「逃亡犯条例」改正案だった。昨年2月、香港人男性が恋人と台湾旅行中にこの女性を殺害し、香港に逃げ戻って台湾当局の訴追を免れるという事件が起きた。香港は台湾と犯罪者引き渡し協定を結んでいない。そこで香港政府は条例改正を急いだのだ。

しかし香港住民は隠された意図を見逃さなかった。改正案が通ると、香港で拘束した容疑者を軽微な犯罪や疑いだけでも中国本土に引き渡すことが可能になる。抗議デモが学生や若者を中心に一気に拡大した。驚いた林鄭行政長官は謝罪して改正審議の延期を発表したが、辞任を要求する市民の不信感は深まる一方だ。

行政長官は中国政府の操り人形でしかない。今後は中国政府がどう対応するかだ。中国政府はデモ参加者が警察と衝突して「第二の天安門事件」になることを恐れている。米中経済摩擦が激化する中、目前に迫った米中首脳会談でトランプ大統領に攻撃材料を与えてしまうからだ。今月末に大阪で開催される20カ国・地域首脳会議(G20)での立場も悪くなる。

また、来年一月の台湾総統選挙への影響も考慮しているはずだ。武力で抗議デモを鎮圧すれば台湾人の間でも懸念が広がり、対中強行派の現職蔡英文候補を利する。中国にとって悲願の台湾統一が遠いてしまう。だが、世論への安易な妥協は共産党政権の弱腰と受け取られかねない。そこで習金平政権はすべての責任は香港政府に押しつけて終息させようとしている。「中国側から改正を指示したことは一度もない」という駐英中国大使劉暁明氏の発言がそれを物語っている。

英国に見捨てられた香港の人々が頼れるのは今や国際世論だけだ。

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目覚めたのは猫か獅子か

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「中国は深い眠りに入った獅子だ。目を覚ませば、世界を震撼させるだろう」

 そう予言したのはかの有名なフランス皇帝ナポレオンだった。そんな19世紀の予言がみごと的中し、いまや目覚めた獅子中国が世界の勢力地図を塗り替えようとしている。

ただし、メディアが危機を煽る米中の貿易戦争だけに目を奪われていると事の本質を見誤るから要注意だ。そもそも、就任直後はあれほど中国の習近平主席と蜜月関係を演出していたトランプ米大統領がなぜ180度方針転換したのだろうか。その理由は主に「中国製造2025」にある。

就任当初、トランプ大統領は尊敬する元国務長官ヘンリー・キッシンジャーの「対立より協力から始めよ」というアドバイスに従って習夫妻をフロリダの別荘で歓待した。一方、習主席も1日8万人の観光客が訪れる歴代皇帝の住まいだった紫禁城を臨時閉鎖してトランプ夫妻を招き入れ、まさに皇帝待遇で持てなしている。

しかしキッシンジャーが実質的な中国のロビイストであることや中国が米国を出し抜いて世界の製造強国トップになろうとしていることなどを知ったトランプは激怒。その怒りと恐れの産物が対中関税引き上げであり、中国通信機器大手ファーウェイやZTE締め出しなのだ。

それほど2015年に中国政府が発表した「中国製造2025」の衝撃は大きい。なぜなら現在は外国製品に依存しているハイテク製品のコアとなる半導体などの主要部品の7割を中国が自前で生産しようとしているだけでなく、中国独自の次世代宇宙ステーションや月面探査、通信衛星で世界全体をカバーして世界に君臨しようと目論んでいるからだ。昨年夏、トランプ大統領が唐突に宇宙軍新設を発表した背景にはこうした中国の脅威がある。

日本のマスコミは中国経済が早晩失速するとかバブル崩壊だとか上から目線のネガティブ報道を好むが、実際の中国の成長は目覚ましい。1980年にわずか3050億ドルだったGDPが今年は13兆ドルを超える勢いだ。昨年の成長率は低下したとはいえ6.6パーセント。ゼロ成長の日本から見れば夢のような数字である。成長率の低下は中国政府が量から質への経済へシフトしたためだ。

さらには憲法改正で任期を撤廃し絶対的権力を掌握した習近平主席は、政治を民主化しなくても経済発展が可能だという中国独自の社会資本主義に自信を深めており、優秀な人材確保や「一帯一路」政策によってユーラシアからアフリカまで勢力拡大の歩を進めている。

これに対しトランプ政権内部はボルトン国家安全保障担当大統領補佐官や、ナバロ国家通商会議委員長といったゴリゴリの反中派が幅を利かせているだけで戦略的に一貫性がない。長引けば、米中関税合戦は米国の株価を押し下げ、農業を窮地に追い込んでトランプ再選の逆風にしかならないだろう。

2014年にパリで行われた中仏修交50周年記念講演で習主席こう述べていた。「獅子はすでに目覚めた。しかし平和で温和な文明の獅子だ」

だがその言葉とは裏腹に、目覚めた獅子はやはり世界制覇を狙う戦略的かつ猛獣だと認識しておいた方がいい。

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トランプ大統領の報復

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お爺ちゃんがドイツ移民で、最初の妻も3度目の妻も外国出身なのに反移民政策を掲げるトランプ米大統領が、今度は奇策で攪乱作戦にでた。国境付近で拘束した不法移民全員を全国各地の「聖域都市」に送り込めとツィートし、記者団にこう言い放った。

「あいつらは両手を広げて歓迎するといっている。本当にそうか見てやろうじゃないか!」

 米国には不法移民に対して寛容な「聖域都市」とよばれる自治体が300以上存在する。これらの自治体は、非正規という理由で移民を不当に拘束することや連邦機関に引き渡すことを拒否している。日本のように中央集権で移民に閉鎖的な国からみると、そんなことあり得ないと驚く人が多いかもしれない。しかし、州によって死刑制度の有無や、連邦法で違法な大麻利用が州法では合法というように、米国では自治体の独立性が極めて強いのだ。

就任早々、トランプ氏は大統領令で聖域都市への補助金停止を命じた。だがサンフランシスコ市などの聖域都市の抵抗に遭い裁判であえなく敗訴。「大統領が好まない移民政策を自治体が選んだという理由だけで、連邦補助金を打ち切ってはいけない」というのが判事の判断だった。今回はトランプ側の「政治的報復」である。ニューヨークやサンフランシスコをはじめ聖域都市には民主党支持者が多いからだ。

実際には今回の奇策は法的にも疑問があるため実現しない。それでも「見かけが良ければ結果は関係ない」というのがトランプ流。これまでの失政を隠し、移民流入に対する国民の恐怖さえ煽られればオーケーなのだ。

 聖域都市の歴史は1970年代に溯る。きっかけは政情不安や戦争から逃れるため中米諸国からの亡命希望者が殺到したことだった。米国政府は受け入れを拒否したが、すべての人々の基本的人権を守るのが建国の精神だとして米市民が各地で立ち上がり聖域都市運動が始まったのである。85年にはサンフランシスコが「避難都市」条例を制定。不法移民も米国民と同じ公共サービスを受けられるようになった。彼らの生活を支える資金源はもちろん税金だ。納税者である市民や合法的移民の間に不満がないわけではない。だが、もともと中南米から移民が押し寄せた原因は、その地域を支配しようとした米政府の裏工作によるところが大きい。米国が後押しする反政府勢力が社会主義政権を倒そうとして大量の難民が発生しているベネズエラ情勢などその典型だ。

 民主主義も法の支配も踏みにじるトランプ大統領は、世界遺産「自由の女神」像の台座に次の詩が刻まれていることをきっと知らない。

「疲れ果て、貧しさにあえぎ、自由の息吹を求める群衆を、私に与えたまえ。人生の高波に揉まれ、拒まれ続ける哀れな人々を。戻る祖国なく、動乱に弄ばれた人々を、私のもとに送りたまえ。私は希望の灯を掲げて照らそう、自由の国はここなのだと」

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ブレクジットの成否

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ひとりの政治家の判断ミスから国家が窮地に陥る。今のイギリスがまさにそうだ。欧州連合(EU)離脱の期限が月末に迫る中、まともな合意に至ることができず七転八倒している。

もとはといえば、3年前にキャメロン前首相が目先の党内事情と選挙対策のためにEU離脱の是非を問う国民投票の実施に打って出たからだ。キャメロン氏はてっきり否決されるものと思っていたが、結果は大誤算。国民は52%対48%の僅差でEU離脱を選択した。背景には欧州全域で高まった反移民感情があった。EU加盟国で金持ち国イギリスには貧しい国からの移民がヨーロッパ大陸を経由して1年に30万人も流れ込んでいた。学校も病院もアパートも満杯。さすがの異常事態にこれではやっていけないというムードが国民の間に漂ったのだ。

敗北したキャメロン氏は早々と首相だけでなく議員も辞任。後釜に座ったメイ首相はEU側となんとか離脱合意を取り付けたが、今度は本家であるイギリス議会の承認を得られず四苦八苦している。

最大の難関はアイルランドと北アイルランドの国境問題だ。イギリスは海に囲まれた島国のイメージが強いが、1037年にイギリスから独立したカトリック中心のアイルランド共和国と、残留したプロテスタントが多数派の北アイルランドの間には地続きの国境が500キロある。

現在はイギリスもアイルランドもEU加盟国だから人もモノも投資も羊もその国境を自由に往来できているが、イギリスがEUから離脱すると国境審査や関税を復活させなくてはならなくなるから厄介だ。

それだけではない。30年間も続き爆弾テロ、銃撃戦、暗殺などで3500人もの死者と4万2000人以上の負傷者をだした北アイルランド紛争を終結させた1998年の和平合意もEU統合が基本となっている。EUとの合意なしに離脱することに反対する北アイルランドで武力衝突が再燃する恐れもある。1月には新たな反英組織が自動車を爆発させる事件を起こしている。

ダメージが大きい合意なき離脱をなんとか避けようと、イギリス本土と北アイルランドを隔てるアイリッシュ海に国境線を引いたらどうかとか、イギリスのEU離脱後も北アイルランドだけ単一市場と関税同盟に残してはどうか、というような提案が出されたが、イギリス政府、議会、EUの3者が折り合える妙案が出てきていない。離脱日延期の可能性は残っているが、国民投票のやり直しも時間切れだ。遅かれ早かれ合意なき離脱が避けられないのではないか。

じつはブレクジットの裏には移民を嫌悪するひとりの大金持ちがいた。その話はまた後日。

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