蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。現在は『リーダー&イノベーション・賢者の選択』(日経CNBC,サンテレビ、BS-12)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)のメインキャスター。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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トランプ政権を後押しする人々

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「アメリカ人が戦争をするのは地理に弱いからだ」

古豪のジャーナリストからそう聞かされたのは私がまだ大学生の頃TIME誌ニューヨーク本社でインターンをしていた1970年代半ばだった。TIME誌は世界最大のニュース週刊誌。記者たちはインテリばかりの集まりだ。

地理に疎いとなぜ戦争をするのかと無知な私がいぶかしがっていたら、「その答えはトム・ソーヤの冒険にある」というヒントが返ってきた。謎解きの始まりである。

『トム・ソーヤの冒険』といえは日本でもお馴染み19世紀のアメリカ人作家マーク・トウェインの名作だ。トウェインは小説だけでなく珠玉の名言も多く残している。そこで辿り着いたのが次の言葉だった。

"God created war so that Americans would learn geography.(神はアメリカ人に地理を勉強させるために戦争を作った)"

いかにも皮肉とユーモア好きだったトウェインらしい着想である。

その言葉どおりだとすれば、アメリカ人はずいぶん地理を勉強してきたことになる。なぜなら1776年の建国以来、アメリカはその歴史の9割以上の歳月を戦争に費やしてきたからだ。5年間、戦争をせずに過ごしたのは唯一大恐慌の孤立主義時代(1935年~1940年)だけなのだ。

それならさぞかしアメリカ人は地理に詳しくなっただろうと思いきや、そうでもなかった。ナショナル・ジオグラフィック(全米地理学協会)が2006年に行った調査によれば、地図を見て戦地のイラクやアフガニスタンはおろかニューヨーク州も指させないアメリカの若者(18歳~24歳)がなんと5割もいた。

10年経った今でもそんなに変わっていないだろう。そんな連中が世界最強覇権国の将来を担うかと思うと背筋が寒くなる。要は、テレビやインターネットが普及し世界中のニュースがリアルタイムで届く今でも、アメリカ人の多くは身近なこと以外にほとんど興味がないのだ。自らを福音派と呼ぶこの人たちは科学を徹底的に否定し宇宙は神が7日間で造ったと信じている。

中絶や同性愛など悪魔の仕業というわけだ。そんな人たちが全米人口の30%ほど占めており、共和党大統領候補を支持する。無茶な戦争を起こし支離滅裂な経済政策で国民生活を脅かしたニクソン、レーガン、ブッシュ、そしてついにトランプ大統領まで誕生させたのは彼らだといっても過言ではない。

あれだけホラを吹き傍若無人なことをやってもトランプの支持率が3割を下らない背景には福音派の存在があるのだ。

経済格差だけではなく、知識を拒絶する多数の大衆と知識人階級との断絶がアメリカ社会を二つに引き裂いている。朝鮮半島や中東で深刻な軍事衝突の足音が近づく今、核のボタン(実際にはボタンではなくプラスチックの認証カード)を持つ反知性のトランプ大統領だけには地理の勉強はして欲しくない。

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ウォーゲーム

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「ウォーゲーム」をご存じだろうか。最新のコンピューター対戦ゲームではない。政府や議会、軍の研究機関、民間の研究所、マスコミの専門家が一同に介して、現実に起きている国際的危機の分析や未来予測をするシミュレーション(模擬演習)である。

先日、都内某所で私が理事を務めるNPO外交政策センター(FPC)主宰でこの「ウォーゲーム」を行った。参加者は50人弱、テーマはもちろん北朝鮮核危機である。相互に罵り合いをエスカレートさせている米国のトランプ大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長。

新年早々、金正恩が核兵器の発射ボタンは「常に自分の机の上にある」と挑発すれば、すぐさま「俺様はもっと大きくて強力な核爆弾を持っているし、ちゃんと機能する!」とツィッターで反撃した。まさに衝動的な「爬虫類脳」のぶつかり合いである。

爬虫類脳とは辺縁系とも呼ばれる人間の脳の一部で、この支配下ではわれわれは我慢を忘れ、目先の満足を求めて超自己中心的になる。その典型が世界に核戦争の恐怖を拡散している両者である。

今回東京で行ったシミュレーションでは、参加者が米国政府チーム、中国政府チーム、韓国政府チーム、日本政府チームの4つに分かれ、本部から時々刻々発表される状況についてそれぞれ対応策をねった。参加者は現実の大統領や首相、閣僚などになりきって議論・決断するため緊張感が半端ではない。なにしろ人類初の核戦争に発展しかねないのだから。

議論された内容についてはチャタムハウスルールが適用された。英国のシンクタンクである王立国際問題研究所(チャタムハウス)に由来する決め事で、参加者はシミュレーション中に得た情報を外部で自由に引用・公開することができるが、その発言者を特定する情報は伏せなければならないというものだ。

シナリオは今年の春に米国の北朝鮮に対する軍事行使の可能性が一段と高まるという設定が始まった。北朝鮮の挑発的軍事行動を受けて各国はギリギリの選択を迫られる。米国は先制核攻撃を行うのか、核ミサイルを撃ち込まれた日本はどう対応するのか、中国は北朝鮮に軍事侵攻するのか、など生々しい「FIRE AND FURY」(炎と怒り)が展開された。もちろん経済的なインパクトも議論された。

以前、私は米国マサチューセッツ工科大学(MIT)政治学部主宰の「アジア太平洋危機シミュレーション」に参加してテレビ報道したことがあるが、そのときを彷彿とさせる体験だった。

結果はシナリオや参加者によって当然大きく変わる。だが、こうした演習で重要なのは結果ではなくプロセスなのだ。危機に直面して各国の指導部がどのような議論をし、どのような行動をするのか。その渦中で、様々な問題点があぶり出されることがポイントだ。それが教訓となって実際の危機が発生したとき、あるいは危機を未然に防ぐために、役立つのだ。FPCではこれからもこうした試みを続けて行きたい。

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今月起こった「アラバマ物語」

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思わず主役のグレゴリー・ペックがやたら格好よかった『アラバマ物語』(1962年)を思い出した。人種偏見が根強い米国南部アラバマで白人女性を暴行したとの容疑をかけられた黒人青年を身の危険を顧みず弁護する熱血弁護士の物語だ。原作はベストセラー小説でピューリッツァー賞も受賞した"To Kill A Mockingbird"である。

そのアラバマで話題の上院補欠選挙が行われた。

本来なら共和党が圧倒的に強い州だから注目などされるはずのない選挙だったが、今回ばかりは様子が一変していた。選挙戦で元州最高裁判事で共和党候補ロイ・ムーア(70)のセクハラ疑惑が急浮上、トランプ政権の屋台骨を揺るがす一戦となったからだ。

なにしろムーアが副地方検事だった頃に性的な接触や暴行を受けたと告発する女性が次から次へとなんと7人も登場した。しかも被害当時はいずれも10代だったというから大ごとだ。毒舌で「ミニ・トランプ」として知られるムーア氏はトランプ大統領の常套句である「フェイク・ニュースだ」と否定したがそんなことでごまかしきれる訳がない。

折しも米国では、大物映画プロデューサーの女優などに対するセクハラ容疑をきっかけに、セクハラ告発の嵐が芸能界だけでなく政界、スポーツ界、マスコミ界で吹き荒れているさなかである。政界では、すでに共和・民主両党の複数の有力議員がセクハラ疑惑で辞任を表明している。男が権力を手にするとすぐこれだ。

そこでトランプは奇襲作戦に出た(と思われる)。選挙直前に「イスラエルの首都はエルサレムだ」と偽金髪を振り乱して宣言したのだ。アラバマは超保守の州だ。その州のユダヤ人や白人エバンジェリカルというゴリゴリの宗教右派を取り込めはセクハラスキャンダルを振り切れると踏んだのだろう。

もととも1995年に制定された「エルサレム大使館法」で米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転することは決定されている。ただ実際にこれをやると中東情勢が大揺れになるから歴代の大統領は6ヶ月ごとに移転を延期することでこれを回避してきた。

トランプの番になってちょうどその期限も迫ってきていたから「やってしまえ」という感じだったのだろう。駄目ならまた気が変わったといえばいいだけのことだ。

事前にパレスチナ自治政府には通告していたらしいからまったくのサプライズとはいえないが、それでも中東を中心に非難の嵐が巻き起こった。だがそんなことはお構いなしがトランプ流。なにしろ「アメリカ・ファースト」だから。

トランプは宣言が和平を促進する一歩になると主張。「(エルサレムが首都である)事実を認めることが、中東和平を達成する必要な条件」とも言った。

全くの的外れである。イスラエル・パレスチナ紛争解決が中東の和平をもたらすという考えはすでに過去のものだ。現在の地政学の焦点はイラン、イエメン、シリア、リビアそしてISISなどのテロ組織である。

隣国のエジプトやヨルダン、サウジアラビア、UAEなどとの関係が改善し、パレスチナ側が分裂・弱体化している今、イスラエルのネタニアフ首相が和平交渉を真剣に考えるはずがない。

さてアラバマ選挙結果だが、民主党候補の弁護士ダグ・ジョーンズ(63)が僅差ながらムーアを破った。25年ぶりの快挙である。これで上院の勢力は共和党51議席、民主党49議席。新議員が就任する来年以降の議会運営に大きな影響がでるのは火を見るより明らかだ。

トランプのアラバマ物語は失敗に終わった。もちろんご本人は自分の非は決して認めない。「じつは俺はムーアを支持していなかったんだ」と素知らぬ顔。そんなら応援演説に行くな!

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IT先進国イスラエル事情

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初めてイスラエルを取材した。イスラエルと聞くと日本では危険な「空爆」「パレスチナ紛争」あるいは「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大宗教の聖地」というイメージが強いだろう。しかし実際に現地で目の当たりにしたのは世界の最先端を行くIT先進国だった。

成田空港からモスクワ経由で17時間余り。イスラエル第二の都市テルアビブ到着したのは現地時間の深夜。予想どおり空港警備や入国審査は厳しかったが無事に小さな紙一枚の滞在許可証を受け取り迎えの車に乗れた。かつではパスポートに入国スタンプが押されたそうだが、それがあるとサウジアラビアやシリアなど近隣のアラブ8カ国に入国が出来なくなるので廃止されたそうだ。

テルアビブで取材したのは主に若き起業家たちと彼らを支えるベンチャーキャピタリストの面々。誰もが話好きで自信に満ち溢れていた。彼らのようなイスラエル発のベンチャーが遠く離れた私たちの生活を知らず知らずのうちに便利に変えているのだ。

例えば、オフィスや自宅で使うパソコンの心臓部であるインテルプロセッサーの8割以上はイスラエルで設計・製造されている。ハイテク監視システムや自動運転、さらには電気自動車(EV)の基幹技術でもイスラエルが世界をリード。日本でもすっかりお馴染みになったドローンも元々はイスラエル軍で開発された偵察機の総称だ。

いまやその旺盛なベンチャー精神はテルアビブだけでなく伝統的大都市エルサレムにまで本拠地が広がっている。政府も積極的に後押ししている。予定されていたネタニヤフ首相との対面はドタキャンされてしまったが、首相主催するクリーンエネルギーとスマートモビリティに関する大イベントとパーティに参加が許され、30カ国以上から集まった起業家や投資家が熱心に意見交換する姿を垣間見た。

そんなイスラエルの熱い起業家精神は一体どこから生まれてくるのか。取材先の誰もが口にしたのは「失敗を恐れない教育」そして「スピード」だ。イスラエルの学校教育では幼いころから自主自立の精神に基づいて徹底した議論と知的好奇心が育まれ、常に失敗を恐れないポジティブ思考に重点が置かれているという。それに加えてふたつの隠れた要因がある。移民の存在と国軍の超エリート教育だ。

1948年の建国時のイスラエルの人口はわずか60万人だったが、今はそれが868万人に急増。欧州やロシアからのユダヤ人移民の大量流入によるもので、彼らが優秀な人材と社会の多様性をもたらしている。

軍のITエリート教育も凄い。四方を敵に囲まれた中で国家存続を目指すイスラエルにとって、今やサイバー空間が戦場だからだ。イスラエルでは18歳になると男女を問わず兵役義務(男子3年、女子1年半)がある。エリートの選抜は16歳からすでに始まっており、何段階もの厳しいテストを合格した者だけがサイバー諜報部門のトップ集団「8200部隊」に配属されるのだ。

「タルピオット」と呼ばれる最先端軍事技術の研究・開発を担うスーパーエリート育成プログラムもある。そんな超エリートの若者たちが除隊後に次々とITベンチャーを立ち上げるのだから、他国がそう簡単に追いつけるわけがない。

現地で会った企業トップの中にも8200部隊やタルピオットの経験者が複数含まれていた。しかもこの最強ネットワークは今や世界に広がっている。帰国後、対談したイスラエルの某サイバーセキュリティ企業トップも5年間8200部隊に所属していたと話してくれた。

日本のビジネスマンや投資家はまずイスラエルの現状を自らの目で確かめることから始める必要がある。

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崩れるmade in japanの信頼

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ホンダは10月19日、一世を風靡した二輪車「スーパーカブ」の製造を熊本の工場で再開したと発表した。約5年ぶりの生産国内回帰だ。同日、カブシリーズの世界生産が累計1億台を達成したという。記者会見に臨んだ八郷隆弘社長は、国内回帰の理由を「品質向上のため」と説明していた。

しかし日本の製造現場は見るに堪えない現状だ。欠陥エアバッグで民事再生まで追い込まれたタカタを始め、巨額の粉飾決算が明らかになった東芝、無資格検査を続けた日産、リコール隠し・燃費データ改ざんがばれた三菱自動車、そして製品の強度や寸法データ改ざんを40年以上続けていた神戸製鋼などなど。

どれも日本の誇りである緻密なモノづくりを代表する企業ばかりだ。「ばれなければ何をやってもいい」というその姿はいかにも醜い。背景には大企業と行政・政治家の隠蔽体質もあるだろう。

神戸製鋼といえば安倍首相がサラリーマン時代に数年勤務した国策企業だ。安倍氏はその頃の思い出を昨年3月に放送された自民党のインターネット放送で語っている。新入社員だった安倍晋三は「最初は長さを間違って入力してね。・・・結構大量に(間違った)製品ができあがってね。...しかし、事なきを得て・・・だから多少の失敗にもめげずに頑張ってもらいたいと思います」と。今となっては笑えない話だ。

私たち日本人は、目覚ましい経済発展と共に生活水準が向上し便利なものをずいぶんたくさん手に入れてきた。しかし失ったものもたくさんある。そのひとつが経営者の「真っ正直な商いをする心」だろう。

例えば、江戸後期の儒者だった海保青陵は『稽古談』で大阪商人が月末に貧乏神祓いをするというエピソードを書いている。貧乏神が店の中に巣くっていては商売がうまくいかない。そこで主人が焼き味噌をいれた鍋の蓋を開けて店中を隅から隅まで走り回る。

そうすると美味しそうな焼き味噌の匂いにひかれて貧乏神が鍋の中に飛び込んでくるから、全部入ったと思うところでパッと蓋を閉じて川に流してしまう。子供だましの話のようだが、そうではない。真剣に店内を走り回る店主の姿をみた店員たちが「主人が商売繁盛のために必死で頑張っているのだから」と一生懸命に働くようになるというのだ。

そういえば、ホンダ創業者本田宗一郎さんの左手の指先はみな潰れていた。右手にハンマーを持ち、バーンと叩くとき、誤って左手の指を潰してしまったのである。指を一本詰めても,なにくそと言って止めず、また一本詰めてしまう。おまけに手のひらにドリルの穴まで開いていたという。

「そういうとき、どうするんですか?」と伺うと「なーに、手に布をぐるぐるっと巻いて、酒を飲みにいっちゃうんですよ」とこともなげに笑ったそうだ。

しかしそんな創業者の一途な精神が町工場を世界のホンダへと育てあげたのだ。

戦後の日本の繁栄は本田さんのような多くの真面目な経営者・労働者の血と汗と涙の上に築かれてきた。そのことを今の経営者も政治家もすっかり忘れてしまっている。残ったのは欲ボケの亡者ばかりだ。魚は頭から腐る。

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