蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。現在は『リーダー&イノベーション・賢者の選択』(日経CNBC,サンテレビ、BS-12)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)のメインキャスター。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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まだまだ続く欧州危機

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明けても暮れても左を見ても右をみても傍若無人な不動産王ドナルド・トランプ氏のニュースばかりである。

北朝鮮工作員による金正男暗殺のニュースもあったがカネと権力を巡っての内輪もめスキャンダルだからすぐに消えてしまう。 

トランプ氏はそうはいかない。

れっきとした米大統領だからだ。その自由主義圏のリーダーが「国家を守るためならなんでもやっていい」と言い放って、民主主義の根幹である自由と人権を脅かす大統領令を連発している。

今後もその一挙手一投足を注視していく必要がある。

だが、世界経済大混乱に繋がりかねないリスクの火種は実は別のところにもあることを忘れてはいけない。

それは欧州だ。欧州連合(EU)、特にユーロ圏内の経済格差や失業率の高止まりは域内に深刻な亀裂を生んでいる。

それだけではない。中東から大量に流れ込む移民や難民に対する反感も日増しに広がり、テロの恐怖とも隣り合わせの日々だ。


欧州では重要な選挙が目白押しで、今年はさらに深刻化し政治的な混乱が避けられないだろう。

それはとりもなおさず世界経済に大きな影響をあたえる。

まず3月のオランダ総選挙。寛容な国民性であるはずのオランダで、なんと反移民・反イスラム・反EUを掲げたヘルト・ウィルダース党首率いる極右政党「自由党」が世論調査でリードを保っている。

しかも人種差別を煽ったとして昨年末有罪判決を受けた人物である。

https://www.geertwilders.nl/
© Geert Wilders Weblog

そんな人物が今やマリーヌ・ル・ペン氏率いるフランスの極右「国民戦線(FN)」やドイツの新興右派勢力「ドイツのための選択肢(AfD)」とともに欧州の勢力急拡大中の極右勢力の一翼を担っている。

トランプの自国第一主義が彼らを一層勢いつかせており、すでに脆弱な欧州連合の結束を脅かすことは間違いない。

フランス大統領選は4月下旬から5月上旬に、そして9月にはドイツ連邦議会選挙が行われる。EU統合の要である両国で極右勢力の台頭を許せばEUや共通通貨ユーロ崩壊というシナリオも視野に入ってくる。

もしそれが現実となれば世界経済は大混乱に陥るだろう。

何といっても要注意はフランスの大統領選だ。いままで過激な発言でフランス政界の異端だったル・ペン氏が急速に支持層を広げている。

その主張は自国の国益最優先、国防強化、反イスラム、移民排斥など、米国のトランプ大統領と瓜二つなのだ。

大統領に選ばれたらまずEU残留か離脱かを問う国民投票を実施するとしている。

最新の世論調査では、中道・無党派のエマニュエル・マクロン前経済相とル・ペン党首の一騎打ちになる公算が高い。

決戦投票ではマクロン候補がル・ペン氏を破るとみられている。しかし選挙は水物。蓋を開けてみるまで分からない。

昨年6月の英国EU離脱や11月の米大統領選挙の結果を鑑みると、ル・ペン候補が絶対に当選しないとは言い切れない。フランスでも既成政党に対する国民の信頼が失墜しているからである。

トランプ政権は世界に不安と不信をばらまいているが、欧州右傾化の連鎖も世界経済にとって今そこにある危機なのだ。

https://plus.google.com/u/0/+MarineLePen
© Marine Le Pen , Google+

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まだ見えぬトランプ大統領の資性

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真冬の冷たい小雨が降る中、米国の第45代大統領に共和党のドナルド・トランプが就任した。素行不良の悪ガキがとうとう大統領の座にまで上り詰めた瞬間である。『憎まれっ子世に憚る』とはよく言ったものだ。

ただし、米メディアの調査によれば就任直前の支持率は40%という歴史的低さだ。そのため聴衆数は8年前のオバマ大統領の就任時の半分以下。

民主党議員約60人が就任式を欠席し、数十万人が各地で反トランプデモに参加している。

それはそうだろう。大統領選挙中も勝利後も気に入らない相手を口汚くののしり、事実を歪曲し、不用意な発言で為替市場まで一時混乱させ、世論を分断したのだから。

名前を「怒鳴るぞ・トランプ」に変えたほうがいいかもしれない。紺のスーツの前をだらしなく開け、真っ赤なネクタイを長く垂らした姿には世界最強国のリーダーの風格など欠片もない。

なんだかホワイトハウスが漫画に登場するアダムス・ファミリーに乗っ取られたようないやな印象だった。 これから世界の政治経済はめくるたび運命が変わる「トランプ占い」の日々が続くことを覚悟した方がいい。

あらゆる専門家の分析に共通しているキーワードが「不確実性」であることを見てもそのことが分かる。

トランプの生い立ちを調べてみると、厳格かつ狡猾な不動産ディーラーだった父に子供の頃から世の中を勝者と敗者、騙される側と騙す側の二分してみるように育てられている。つまり手段を選ばずとにかく商売で勝ち組になりたい性格なのだ。

選挙中の発言の実に7割がウソだったのも頷ける。怪しげな不動産売買をやっている分にはそれでもいいだろうが、大統領となるとそうはいくまい。

大統領に就任すれば職責の重さに気付いてさすがのトランプも変わるだろうという見方がある。楽観的過ぎる。人間の性格はそう簡単に変わらない。

英語の諺に「ヒョウの模様は変わらない(A lepard cannot change its spots)というのがあるくらいだ。 日本でも知られるようになった危機コンサルティング会社ユーラシアグループは2017年を「地政学的後退」の年だと予測している。

つまり、トランプを筆頭に排外主義的で独善的なリーダーが世界のあちこちに現れだして、経済でも政治でも戦争前夜のような危険な緊張が高まる時代に入ったというわけだ。

なにしろ世界最強の米国のリーダーが率先して自国利益最優先をスローガンに世界に恐怖をまき散らすのだから始末が悪い。イスラムテロの恐怖、グローバル化の恐怖、失業の恐怖、人種差別の恐怖、犯罪の恐怖などなど。他人を脅すのは得意だ。

そのくせ自分はなにやら踵の骨が少し出ていることで徴兵を逃れたという。野球選手だったのに。

我々人間はときどき間違いを犯す。たまにこぞって正気を失う。それが経済だとバブルや不況の原因だ。政治ではポピュリズムと引き起こす。ポピュリズムは本当に怖い。

なぜならポピュリズムは巷の人々の民主的な革命ではなく、反エリート主義と反多元主義を唱えるリーダーの元に自分の頭でよく考えない群衆が群がって自分たちこそ正義だと思い込む現象だからだ。

それは人種偏見、暴力の正当化、リーダー礼賛という形で現れる。つまり、ポピュリズムは現代の民主主義の最大の敵なのである。トランプ大統領はおそらくその産物なのだろう。

就任式の生中継に映し出された女性陣の艶やかな姿にはさすがに私もしばし目を奪われた。しかし一番印象に残ったのは英国BBCのインタビューに答えていた一般米女性の次の言葉だった。

「誰もトランプ大統領に失敗してほしいとは思っていない。考えてみてください。今日から私たちはみんな同じ飛行機に乗っている。そのパイロットが操縦を誤ったらどうなるか」

全くその通りだ。シートベルトをお忘れなく。

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近未来の人々のくらしは?

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 仕事も蓄えもなく生きる術を失った者はたいてい盗みに走る。罰を重くしたところで盗みは減らない。それならばすべての人々に最低限必要な定収を与えればよいのではないか。英国の思想家トマス・モアは1516年に発表した『ユートピア』の中でそう書いた。人々が自由平等そして平和に暮らす理想郷を描いた作品だ。

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 そのユートピア思想が五世紀の時を経て現代に蘇りつつある。資本主義の暴走とテクノロジーの進歩があいまって、世界中で金持ちはさらに金持ちになり、貧乏人はさらに貧しくなる所得格差が世界的に危機的レベルまで広がっているからだ。

 富裕層上位1%が国民総所得の3割以上を占めているのは許せないという怒りが爆発したのが数年前に世界的なニュースのもなった「ウォール街を占拠せよ」デモ。ご記憶の方もおおいだろう。しかし、米国は平等を愛する一方で金儲けに血眼になるというダブルスタンダードのお国柄である。

無一文でも努力すれば大金持ちになれるというのがアメリカン・ドリーム。格差などあって当たり前なのだ。それに、富裕層のほとんどは自助努力で社会に貢献し金持ちになった人々。大切なのは1%の金持ちを批判することではなく、残り99%の人々の所得水準を上げて将来に対する不安を減らす政策をとることだろう。

 そこで注目を浴びているのがベーシック・インカムだ。基礎年金、雇用保険、生活保護などの既存の複雑な生活保障を廃止するかわりに、個人の口座に国から一定の金額が年齢、性別、収入などに関係なく無条件に毎月非課税で振り込まれるシンプルな制度だ。

例えば、毎月成人1人につき10万円、子供1人につき7万円だとすると、子供2人の夫婦には34万円が毎月給付されることになるのである。これなら路頭に迷う心配がない。

 そんなことをしたら誰も働かなくなるのではという批判の声があるが、様々な調査結果によれば、ベーシック・インカムが導入されても人々はより良い生活を求めて就労し税金を払うという。この制度のメリットは、失業の不安なく自由な働き方を選べる、行政手続きの簡素化、労働市場の効率性向上、透明性向上などだ。

 今年6月にスイスで行われた国民投票でベーシック・インカム導入は否決されたが、国民投票を実施するまでに関心が高まっていることに注目したい。フィンランド、オランダ、カナダなどではすでに実証実験を含む研究が進んでいる。

 導入までの主なハードルは3つある。それは財源、労働意欲、経済競争力の問題だ。

 ひとつ目の財源は、行政コストの大幅な減少と税制改革で賄うことができる。例えば累進課税で現在最高45%となっている所得税率を一律45%にしてはどうか。

すでに高い税率を支払っている高所得層にとってはほとんど影響がない一方で、低所得者層にとってはベーシック・インカムによる収入が増税分を上回るからお得感がある。何よりも安定収入が保証されているのだから将来に対する不安が激減する。仕事が無くなる役人は反対するだろうが。

 2つ目の労働意識の問題とは、働かなくても最低限のお金を貰えるようになると人々が働かなくなってしまうのではという危惧だ。そういう人も少しはいるだろうが、ほとんどの人はより豊かな生活を求めて働き続け納税するだろう。

1974年~79年の5年間カナダのマニトバ州ドーファンで行われた実証実験では、全体の就労時間は以前より多少短くなったがそれは金銭的な束縛から解放された人々が子育てや勉学に集中するようになったからだという。貧困は目に見えて減少したそうだ。

政権交代によって実験が中止されたのは残念としか言いようがない。スイス政府が国民投票前に行ったアンケート調査でも仕事を辞めると答えたのは全体のわずか8%だった。

 3つ目の経済的競争力が失われるかどうかだが、人々が将来の生活に不安なく自分の能力をフルに発揮できる仕事を求められるようになれば今よりクリエイティブな発想が生まれ実現されるかもしれない。

 じつはもうひとつ21世紀的な問題がある。それはロボットに仕事を奪われた後の人々の生活である。恐ろしい話だがこれはすでに夢物語ではない。シリコンバレーの名だたる起業家たちがベーシック・インカム導入に賛成しているのも頷ける。

 もちろんこうした大変革は一朝一夕には実現しない。段階を踏む必要があるだろう。すでに米国、英国を含むいくつかの国では就労を条件に給付を受けることが出来る制度が導入されている。「給付型税額控除」と呼ばれるもので、いわば部分的ベーシック・インカムだ。不毛な金持ち批判を続けるよりはこちらのほうが一考に値するだろう。

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《関連書籍》

ユートピア (中公文庫)

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トランプ=セールスマン!?

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 このところ威勢がよくて人権や民主主義を軽んじる政治家がリーダーとして人気を博している。

 武力行使を躊躇しないロシアのプーチン大統領、抵抗する者はすべて粛清する中国の習近平主席、悪人は皆殺しだというフィリピンの「ダーティハリー」ドゥテルテ大統領などだ。

 

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 そしてもう一人がその仲間に加わった。過激な発言と嘘八百にもかかわらずアメリカ大統領にまで上り詰めたドナルド・トランプ氏である。

 10年ほど前にレバノンの著名な政治学者テレーズ・デルペシュは21世紀が『野蛮の世紀』になると予言していたが、まさにそんな様相だ。

 しばらく前の世界経済のリスクといえば1)英国のEU離脱、2)米国の利上げ、3)中国経済の減速の3つだった。しかし今では、中国リスクは残るものの、英国のEU離脱のショックは沈静化しFRBの利上げ恐怖症も減少して緊急のリスクではなくなっている。

 替わって登場した大きな不安定要因がトランプ・リスクだ。

 1か月ほど前、日米の政治に精通しているアメリカ人の某氏と食事をした。その際に彼は、「ヒラリーは犯罪者で巨悪、それに比べてトランプは小さな悪だから、トランプが勝つ」と言っていた。まさかと思っていたらその通りになった。

 いったいトランプ氏とはどんな人物か。

 慌ててニューヨークのトランプタワーで会談した安倍首相は「信頼できる指導者だと確信した」と持ち上げたが、これは浅はかなリップサービス。1時間程度話しただけでそんなことが分かるはずがない。現職のオバマ大統領の顔をつぶすような形で一国の首相がトランプ氏と会って50万円以上もするゴルフクラブをプレゼントして満面の笑みを浮かべているなど破廉恥の極みである。それをまた日本のマスコミが役所から配られた写真をデカデカと掲載して持ち上げた。

 一方、トランプ氏は彼がいちばん足りないモノをちゃっかりと手に入れている。それは「信頼できる男」という外国首相のお墨付きだ。

 さすがシェークスピアの国イギリスのBBCはトランプの本性を見事に見抜き、ひと言で表現している。そのひと言とは「セールスマン」だ。セールスマンはお客の関心を引き、契約を取るためなら手段を選ばない。嘘も平気でつくというわけだ。

 こういう政治を英語で"post-truth politics"という。日本語に訳すのは難しいが、嘘がまかり通る政治のことである。

 2008年の大統領選報道でピュリツァー賞を受賞したフロリダ州の地方紙

 『タンパベイ・タイムス』の調査評価によれば、トランプ発言のじつに70%が嘘。政治家と嘘つきは同義語だが、ここまでくるとあっぱれとしか言いようがない。それでもトランプ氏が当選できたのは感情が事実を凌駕した結果であり、責任の一端はメディア、とくにソーシャルメディアの氾濫があるとニューヨーク・タイムス紙は分析している。ちなみにヒラリー・クリントンの「ウソ率」は28%。

 だから私たちもトランプを甘くみてはいけない。

 日本のメディアは大統領になった後のトランプはアドバイザーが変われば大丈夫という論調だが、それは楽観的すぎる。今のところ、アドバイザーの顔ぶれをみると、白人至上主義者、性差別主義者、イスラム排斥主義者、金満ゴールドマンサックス、身内など最悪。

 なにしろトランプ成功の法則は:1.会話はプロレスだと割り切れ、2.頬を打たれたら戦車で撃ち返せ、3.相手が喜ぶツボを押せ、4.手を切るなら早い方がいい『ドナルド・トランプ 奇跡を起こす10倍思考』(経済界新書)だから。

 

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《関連書籍》

ドナルド・トランプ 奇跡を起こす10倍思考 (経済界新書)

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スティグリッツが語る欧州の未来

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英国の国民投票によるEU離脱決定に続いて、ハンガリーがEUのルールを破ってセルビアとの国境にフェンスを建設し難民を追い返している。ハンガリーのシャルト・ペトロ外相の言葉を借りれば「ハンガリーには他国の失敗による負担を追う義務はない」というわけだ。

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これに対してルクセンブルクのジャン・アセエルボーン外相がハンガリーをEUから追い出すべきだと激しく批判。するとぺトロ外相はタックスヘイブンで儲けているルクセンブルグに四の五の言われる筋合いはないとやり返している。

急速に進むグローバル化の中で競争力を維持するためにヨーロッパ合衆国を造ろうという壮大なヨーロッパの夢だったが、今や難民問題をきっかけに加盟国の間に修復不可能とも思える亀裂が拡大しているのだ。

いったいこれからEUはどこに向かうのか。その答えを探しあぐねていたところに一冊の本が届いた。ジョセフ・スティグリッツの『ユーロから始まる世界経済の大崩壊』(徳間書店)である。なんとも恐ろしいタイトルだが、これは出版社が売るための策略。 原題はただの『ザ・ユーロ』である。

ジョセフ・スティグリッツといえばノーベル経済学賞を始めてとして幾多の賞を総なめにし、政府や国際機関のアドバイザーも務める経済学者。しかし日本のメディアによく出ている物知り顔のエセ経済学者たちと違って、常に額に汗して働く人たちの視点から社会の格差を鋭く分析している。人種差別や社会的不公正への怒りが根底にあるのだ。2008年の世界金融危機を予測した数少ない研究者のひとりでもある。

今年3月には来日して安倍総理からいわゆる"アベノミクス"(それにしてもよくこんなあやふやな名前をマスコミは何の躊躇もなく喧伝したものだ)について意見を求められたが、上から目線で経済に疎い安倍総理にはまったく理解できなかっただろう。

それはともかく、同書を読んでみると共通通貨ユーロによってヨーロッパの未来がいかに脅かされているかが手に取るように分かる。頭の中のもやもやした霧がすっと晴れたようだった。

彼のユーロに対する評価は厳しい。「ユーロを一言で表現するなら、欠陥経済学と欠陥イデオロギーのごった煮だ」と一刀両断である。その結果、不平等を拡大し格差を悪化させたというわけだ。

さらに、今のようにユーロ存続にこだわり過ぎるとヨーロッパ統合という本来の目的が実現不可能になるとの警鐘も鳴らしている。「きわめて重要な欧州プロジェクトをユーロと引き換えに犠牲にしてはならない」というのだ。

詳しくは同書をお読みいただきたいが、彼が提案する代替案は異なる国々がそれぞれ独自のユーロを持つ「柔軟なユーロ」制度の構築。各国別のユーロは価値が変動するが、変動の範囲はユーロ圏の諸政策によって左右されるというスキームである。そうした柔軟な対応ができなければ共通通貨はヨーロッパの未来に大きな脅威となり、EU崩壊へと繋がりかねない。それは世界経済にとっても大きな衝撃となるだろう。そう考えると同書の日本語タイトルもあながち的外れではないようだ。

 

ジョセフ・ユージン・スティグリッツ(Joseph Eugene Stiglitz)1943年2月9日 生まれ。アメリカの経済学者、コロンビア大学教授。1979年にジョン・ベーツ・クラーク賞、2001年にノーベル経済学賞を受賞。

主な著書:

スティグリッツ 入門経済学』(1999年)

世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(2002年)

人間が幸福になる経済とは何か――世界が90年代の失敗から学んだこと』(2003年)

世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』(2006年)

世界の99%を貧困にする経済』(2012年) 等

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《関連書籍》

ユーロから始まる世界経済の大崩壊

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