蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。現在は『リーダー&イノベーション・賢者の選択』(日経CNBC,サンテレビ、BS-12)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)のメインキャスター。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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コロナとユートピア

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人類にとって未知の敵、新型コロナウイルスの恐怖が世界を覆っている。3月下旬になっても感染者数や死者数が世界各地で増加し続けており、大多数の人々は自分が感染しないことを願いながら息を潜めて嵐の去るのを待っている状況だ。

だが、皮肉なことに、悪玉ウイルスのお陰で私たちの生活はより良い未来に向けて加速しているかもしれない。例えば、日本では在宅勤務やフレックスタイム労働が一気に広がり、家族が一緒に過ごす時間が飛躍的に伸びた。一時的にせよいわゆる「働き方改革」が飛躍的に進んだ格好だ。

また、経済・社会活動が制限されたことによって大気汚染が急激に改善し、とくに中国やイタリアでは二酸化窒素の排出量が大幅に減少している。その結果、専門家の推定によると世界で5歳未満の子ども1400人から4000人と70歳以上の高齢者5万1700人から7万3000人の命が救われているという。

もちろん多くの方が亡くなった大惨事を歓迎するつもりは毛頭無い。深刻な事態は続いており、まだ終息にはほど遠い。だが、今回のウイルス禍がこれからの政治・社会のあり方について考える機会を私たちに与えてくれたことは間違いないだろう。

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3月19日のボリス・ジョンソン首相の発言に私はその事を感じた。議会でベーシック・インカム(BI)導入の可能性を問われた首相は「それは考慮すべきアイデアのひとつだ」と答えた。コロナウイルス感染拡大を受けた景気対策として国が無条件で国民に一定額を支給し、最低限の所得を保障する制度を検討することを示唆したのだ。

BIは、基礎年金、雇用保険、生活保護などの既存の複雑な生活保障を廃止するかわりに、個人の口座に国から一定の金額が年齢、性別、収入などに関係なく無条件に毎月非課税で振り込まれるシンプルな制度だ。例えば、毎月1人あたり7万円だとすると、子供2人の夫婦には24万円が毎月給付される。充分とは言えない額だろうが、これなら路頭に迷う心配がない。つまりBIは貧困に対処する制度だ。

そんなことをしたら誰も働かなくなるのではという批判の声があるが、米国、カナダ、フィンランド、インド、イタリアなどで行なわれた実証実験によれば、BIが導入されても人々はより良い生活を求めて就労し税金を払うという結果がでている。この制度のメリットは、失業の不安なく自由な働き方を選べる、行政手続きの簡素化、労働市場の効率性向上などだ。

財源は行政コストの大幅な減少と税制改革で賄うことができる。例えば累進課税で現在最高45%となっている所得税率を一律45%にしてはどうか。すでに高い税率を支払っている高所得層にとってはほとんど影響がない一方で、低所得者層にとってはBIによる収入が増税分を上回るからお得感がある。何よりも安定収入が保証されているのだから将来に対する不安が激減する。BI導入で仕事が無くなる役人は反対するだろうが。

人々が将来の生活に不安なく自分の能力をフルに発揮できる仕事を求められるようになれば今よりクリエイティブな発想が生まれるかもしれない。

じつは、BIを必要とする21世紀的な問題がある。それはAI(人工知能)の発達でロボットに仕事を奪われた後の人々の生活である。仕事が完全になくならないとしても、一部の「頭脳労働層」以外の中間・低所得層の人々は低賃金に甘んじなければならなくなる可能性が高い。恐ろしい話だがこれはすでに夢物語ではない。シリコンバレーの名だたる起業家たちがBI導入に賛成しているのもそのためだ。そんなディストピアをユートピアに逆転できるのがBIというわけだ。

もちろん大変革は一朝一夕には実現しない。段階を踏む必要があるだろう。だが確実に近づいているAI社会の到来や、いつ襲ってくるかもしれない大災害や新型ウイルス汚染の事を考えると、不毛な政治批判を続けるよりはBIのほうが一考に値するのではないか。

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歴史は繰り返す、伝染症の恐怖

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新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない。中国の実験室から流出したとか、人工の生物兵器ではという陰謀論さえ飛び交っている。ソーシャルネットワークで多数の人々が繋がる現代では、不安が高まると怪しげな情報が拡散・共有されやすくなると情報学の専門家が指摘しているが、まさにその現象が起きているのだ。

一部の香港メディアによれば、今回のウィルスは湖北省武漢にある疾病予防管理センターの実験室から流出した可能性が高いと中国の教授が論文で発表したという。現在、その教授とは連絡が取れず、該当論文はサイトから削除されたと。しかし香港メディアはセンセーショナルな記事を好み、実際のところ真相は不明だ。

恐怖が広がるのも無理はない。振り返れば、記録に残る人類史上最悪の人的被害を引き起こしたのも感染症だったからだ。今では"忘れられた記憶"となっているが、1918年から19年にかけて欧州を中心に世界各地を襲った新型インフルエンザ(通称スペイン風邪)である。

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スペインかぜウイルス

世界人口のなんと3割にあたる5億人に感染し、第一次世界大戦の死者の4倍以上の4000万人~5000万人、日本だけでも関東大震災の犠牲者の5倍近くの45万人、の命を奪っている。もちろん世界経済も大打撃を受けた。

現在ではインフルエンザに関する予防・対処情報が世間で広く知られ、ワクチンやタミフルなどの抗インフルエンザ薬が開発されているからスペイン風邪のような大流行は起きないだろう。だがその一方で、年間13億人超が飛行機や他の交通機関で世界を飛び回っている大移動時代の今は新たな感染症が瞬く間に世界中に拡散してパンデミックを引き起こすリスクが増大している。

今回は感染源となった中国だけでなく日本政府の対応の遅さや酷さに内外から非難が集まっている。オリンピック招致演説で福島原発から漏れ続ける汚染水を「アンダー・コントロール(制御下にある)」と平然と言ってのけた安倍首相の危機感欠如による初動ミスの結果だろう。

危機に直面すると政治家はすぐに「想定外」という言葉を使いたがるが、鵜呑みにしてはいけない。コロナウィルスの感染被害は2002年に中国広東省で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年にサウジアラビアで見つかったMERS(中東呼吸器症候群)で経験済みだ。

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SARS

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MERS

日本での感染拡大がなかっただけのことである。私たちが日常的にかかる風邪の2割弱はコロナウィルスによるものだ。ただ、今回の「新型」コロナウィルスは過去に報告されたものと遺伝子構造が異なるためとても厄介なのだ。

1990年代半ば、『アウトブレイク』という映画が公開された。アフリカからペット用に密輸されたサルが原因で致死率100%の殺人ウィルスがアメリカで爆発的に拡散し、人々が目や耳から出血して次々と死に至る背筋が寒くなるサスペンスだ。殺人ウィルスのモデルとなったのは実際に存在するエボラウィルス(致死率50~90%)。

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エボラウイルス

エボラが史上最悪の猛威を振るったのは2014年、ギニアをはじめとする西アフリカ6カ国で、約2万9千人が感染し、死者数は1万1千人を超えた。医療従事者の間でも感染が起きたため支援団体がボランティアを撤退させたというほど深刻だった。

いたずらに恐怖を煽るのはもちろん好ましくない。だが政府やメディアから適切な最新情報を提供されなければ「正しく恐れましょう」なんてメッセージはなんの意味もない。ウィルスは自分で増殖できない代わりに他の細胞に入り込んで生存・増殖し変異を繰り返す。そのため抗ウィルス薬がすぐに開発されにくい。今のところ我々にできることは人混みを避け、手洗い・うがいをしながら終息を辛抱強く待つだけである。

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独裁色強めるロシアはどこへ向かうのか

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米軍によるイラン司令官の殺害、長引く米中貿易戦争、香港デモ、台湾総統選挙、そしていよいよ始まったトランプ大統領の弾劾裁判など、年初から慌ただしく続くニュースの影で、かつての超大国のリーダーが危険なまでに権力を拡大している。ロシアのプーチン大統領である。

日本のメディアはあまり深く掘り下げなかったが、先週15日にプーチン大統領が行った年次教書演説はそのしたたかさを象徴する内容だった。この日、ダークスーツに身を包んだプーチン大統領が自信満々で発表した憲法改正案は、現在大統領が持つ首相や閣僚の任命権を議会に移し司法、立法、行政の力関係をよりバランスの取れたものにすることが柱で、最終的に国民投票に委ねるとするものだった。

しかし、これを額面通り民主化への動きと受け取ったら大間違いだ。20年以上も独裁的圧政を続けてきた権力者が急に民主主義に転向するわけがない。現在4期目で2024年に任期満了を迎えた後も権力を維持しようとする意図が透けてみえる。演説にはプーチン自らが率いる国家評議会の権限強化、大統領が最高裁判事を罷免する権利、国際法や国際司法裁判所に従わないことなども含まれていた。

しかも演説の数時間後にはメドベージェフ首相が国営テレビを通じて内閣総辞職を電撃的に発表。ロシア政府筋によれば閣僚は総辞職を事前に知らされておらず「寝耳に水だった」と述べたと英BBC放送は伝えている。これが「皇帝になったKGB(国家保安委員会)工作員」と揶揄されるプーチンのやり方だ。

拙著『ドナルド・トランプ世界最強のダークサイドスキル』(プレジデント社)でも指摘したように、トランプが私利私欲の塊のリーダーであるのに対し、プーチンは強いロシアを目指す冷徹な国家主義者なのである。プーチンの国家観のルーツはふたつの国家の崩壊にあるといわれている。ひとつは、KGB工作員として1989年、東ドイツに駐在しているときに民主化運動によって社会主義政権が瓦解するのを見たこと。もうひとつは、ソ連に帰国後の1991年に祖国ソ連邦が崩壊したことだ。反対勢力を打ち負かさなければ国家は崩壊すると肝に銘じたのだ。

皮肉なことにプーチンにとって敵国アメリカのトランプ大統領は、武力を使わず、最小のコストでロシアの3つの外交目標を達成させてくれたまたとない「素晴しい」リーダーとなった。その目標とは、米国の国際的影響力の低下、民主主義的世界秩序の弱体化、そして人権無視だ。

クリミア併合をみても明らかのようにプーチン大統領は武力行使に躊躇がない。ロシアはすでに迎撃が難しいとされる核弾頭搭載可能な極超音速ミサイルを実戦配備すると発表している。配備されれば米ロの核開発競争の激化につながる恐れがある。

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プーチンがお気に入りのフレーズはニコライ二世時代に首相を務めたピョートル・ストルイピンが行った有名な演説の一節を次のように言い換えたものだ。

「われわれに必要なのは偉大なる変革ではない。偉大なるロシアだ」

国際情勢を読み解くためには、米国や中国だけだはなく筋金入りの国家主義者に率いられた核大国ロシアの動向を今年はさらに注意深く見ていく必要がある。

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米国の良心が試されるトランプ弾劾

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米10ドル紙幣には鼻筋の通った凜々しい人物の横顔が描かれている。建国の父のひとりで憲法の起草者だった思想家アレクサンダー・ハミルトンだ。彼は法を無視する傍若無人なリーダーが現れることを恐れて以下の文言を合衆国憲法に書き込んだ。

「大統領、副大統領および合衆国のすべての文官は、反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪につき弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたときは、その職を解かれる」

えっ、軽罪も、と驚かれたかもしれない。じつはこの「軽罪」という文言には「いかなる権力の乱用」という意味が込められている。ハミルトンによれば、それは「公人の不品行、つまり大衆の信頼を乱用したり傷つけること」だという。

そして今、不品行極まりないドナルド・トランプ大統領の弾劾手続きがいよいよ始まった。

12月18日(日本時間19日)、野党民主党が過半数を占める下院で大統領弾劾決議案が賛成多数で可決された。これでトランプ氏は米国史上3人目の弾劾訴追を受ける不名誉な大統領となった。この汚名はトランプに一生ついて回る。

史上初めて弾劾にかけられたのは第17代大統領のアンドリュー・ジョンソン(1968年)。理由は不法行為・拒否権乱用だったが、わずか1票差で罷免を免れた。2人目は1999年に不倫と偽証で墓穴を掘ったビル・クリントン大統領。こちらは不倫隠しで大統領を罷免するのは適切かという疑問の声が与野党からあがり、翌年「無罪」で決着している。

「まったく馬鹿げていて胸が悪くなります!」

弾劾決議案が下院で採決される前日にトランプ氏からの手紙を受け取ったペロシ米下院議長は怒りを露わにした。穏やかな物腰で知られる彼女が声を荒げたのも無理はない。6ページに及ぶその手紙には品格のかけらもない文体で彼女に対する個人攻撃、脅し、大袈裟な自己憐憫、そして数々の嘘が綴られていたのだ。

トランプ氏が訴追された理由はふたつ。ひとつは、自らの政治的利益のために軍事支援を見返りにウクライナの大統領に民主党大統領候補として有力なバイデン元副大統領の調査を依頼したという疑惑。すでに内部告発状や大統領同士の電話会談記録などの証拠が存在している。明らかな権力の乱用で安全保障にとっても脅威だ。もうひとつは議会からの召喚状に応じず関係書類の提出や政府高官の議会証言を妨げた「議会妨害」。

それなら有罪だろうと誰しも思う。だが、通常の刑事裁判とは違い、証拠がそろっていても、弾劾裁判は極めて政治的で一筋縄ではいかない。有罪無罪を決めるのが上院議員だからだ。大統領罷免には上院(100議席)に出席する議員の3分の2以上の賛成が必要と規定されている。

現在は共和党が過半数の53議席を占めており、大統領のヤクザまがい報復を恐れて共和党議員の造反は極めて少なそうだ。弾劾裁判中にトランプに致命的な証言や証拠が飛び出して世論が一気に反トランプに流れない限り、「無罪」の可能性が高い。

目先の経済だけみれば、トランプ自身も紙幅を肥やせる大企業と金持ち優先の規制撤廃と低金利政策で株価は史上最高値を更新し続け、失業率は歴史的低さになっている。暴走するマネーの先行きは奈落であることは2008年の世界金融危機をみれば明らかだ。

それでもトランプ再選の確立は40%だという。日本でもトランプを評価する経済評論家やアナリストがいる。米国の大統領は株価さえ上げれば人格、品位、良識、政治能力など不要だと言っているに等しい。"Nobody is above the law(誰の法律の上に立つことはできない)"というペロシ議長の言葉は重い。

だがトランプは「私は(神に)選ばれし者だ」と公言して恥じない。ハミルトンが生きていたらきっと怒りで拳を振り上げたことだろう。上院での弾劾裁判は年明けに始まる。

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南アフリカ 栄光の背番号6

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日が暮れて肌寒い秋風が吹きはじめた横浜国際総合競技場に集まった7万人超のラグビーファンは、刻一刻と近づく南アフリカW杯優勝の瞬間を固唾をのんで見つめていた。その中に、誰よりもこの勝利の重みを知るひとりの人物がいた。

南アフリカの元主将フランソワ・ピナール氏だ。50歳を超えて髪は薄く眼差しはすっかり柔和になったが、身長約2メートル、体重100キロ超と現役時代を思わせる存在感に圧倒される。じつは強豪イングランドとの決勝戦の数日前、私はピナール氏と会食を共にする機会があった。驚いたことに、彼はその時すでに東京大会での南アフリカが優勝し「ラグビーというスポーツを超えた」偉大な出来事になるだろうと予見していた。

彼の脳裏には24年前に祖国で行われた第3回W杯で自分が優勝トロフィーを受け取った光景が浮かんでいたという。それは、南アフリカが悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)と決別し、ラグビーを通して国民の心がひとつになった歴史的な瞬間だったからだ。東京大会優勝はさらに差別撤廃への「大きな一歩」になると確信していると話してくれた。

アパルトヘイトが長く続いた南アフリカでは、英国発祥のラグビーは裕福な白人のためだけのスポーツだった。なに不自由ない白人の家庭で人種差別が当たり前という環境で育ったピナール青年もそう思っていた。だが、反アパルトヘイト運動で27年間投獄という絶望の淵から奇跡的に蘇った同国初の黒人大統領マンデラ氏と対面し、その謙虚さと強固な信念に心を打たれた。

その日から、大統領の支援を受けながら、主将として黒人選手も交えたチームを作り上げ、95年のW杯決勝で世界最強といわれたニュージーランドの「オールブラックス」を破った。肌の色や民族など関係なく、汗だくのジャージがもみくちゃになった。その光景を南アフリカ国民だけでなく世界各国の人々が歓喜の声をあげて目撃したのだ。

表彰式でマンデラ大統領が身につけていたのはスプリングボクスの緑のジャージ。その背番号はなんとピナール主将と同じ背番号「6」番だった。そして今回、伝統あるチーム初の黒人の主将となったシヤ・コリシ選手の背番号も栄光の「6」番だ。こうして伝説は継承されていくのだ。スポーツには人々を結びつける力がある。

「人種なんて、関係ない」「成功するために大切なのは、どこから始めるのではなく、どれだけ高く目標を定めるかである」 それがマンデラ大統領から教えられたことだとピナール氏は回想する。差別意識は誰にでもある。それを乗り越えられる確信を持つことだと。獄中で故マンデラ氏の不屈の精神を支えたのは英詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス(負けざる者)」にある次の一節だったという。

「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」

別れ際に振り返ったピナール氏の笑顔にマンデラ大統領の顔が重なって見えた気がした。

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