蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。現在は『リーダー&イノベーション・賢者の選択』(日経CNBC,サンテレビ、BS-12)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)のメインキャスター。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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南アフリカ 栄光の背番号6

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日が暮れて肌寒い秋風が吹きはじめた横浜国際総合競技場に集まった7万人超のラグビーファンは、刻一刻と近づく南アフリカW杯優勝の瞬間を固唾をのんで見つめていた。その中に、誰よりもこの勝利の重みを知るひとりの人物がいた。

南アフリカの元主将フランソワ・ピナール氏だ。50歳を超えて髪は薄く眼差しはすっかり柔和になったが、身長約2メートル、体重100キロ超と現役時代を思わせる存在感に圧倒される。じつは強豪イングランドとの決勝戦の数日前、私はピナール氏と会食を共にする機会があった。驚いたことに、彼はその時すでに東京大会での南アフリカが優勝し「ラグビーというスポーツを超えた」偉大な出来事になるだろうと予見していた。

彼の脳裏には24年前に祖国で行われた第3回W杯で自分が優勝トロフィーを受け取った光景が浮かんでいたという。それは、南アフリカが悪名高きアパルトヘイト(人種隔離政策)と決別し、ラグビーを通して国民の心がひとつになった歴史的な瞬間だったからだ。東京大会優勝はさらに差別撤廃への「大きな一歩」になると確信していると話してくれた。

アパルトヘイトが長く続いた南アフリカでは、英国発祥のラグビーは裕福な白人のためだけのスポーツだった。なに不自由ない白人の家庭で人種差別が当たり前という環境で育ったピナール青年もそう思っていた。だが、反アパルトヘイト運動で27年間投獄という絶望の淵から奇跡的に蘇った同国初の黒人大統領マンデラ氏と対面し、その謙虚さと強固な信念に心を打たれた。

その日から、大統領の支援を受けながら、主将として黒人選手も交えたチームを作り上げ、95年のW杯決勝で世界最強といわれたニュージーランドの「オールブラックス」を破った。肌の色や民族など関係なく、汗だくのジャージがもみくちゃになった。その光景を南アフリカ国民だけでなく世界各国の人々が歓喜の声をあげて目撃したのだ。

表彰式でマンデラ大統領が身につけていたのはスプリングボクスの緑のジャージ。その背番号はなんとピナール主将と同じ背番号「6」番だった。そして今回、伝統あるチーム初の黒人の主将となったシヤ・コリシ選手の背番号も栄光の「6」番だ。こうして伝説は継承されていくのだ。スポーツには人々を結びつける力がある。

「人種なんて、関係ない」「成功するために大切なのは、どこから始めるのではなく、どれだけ高く目標を定めるかである」 それがマンデラ大統領から教えられたことだとピナール氏は回想する。差別意識は誰にでもある。それを乗り越えられる確信を持つことだと。獄中で故マンデラ氏の不屈の精神を支えたのは英詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス(負けざる者)」にある次の一節だったという。

「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」

別れ際に振り返ったピナール氏の笑顔にマンデラ大統領の顔が重なって見えた気がした。

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香港と台湾の心模様

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蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」は、10月蟹瀬さんが多忙を極めたため更新がずれ込みました事をお詫びします。(編集部)

暮れも押し詰まった2015年12月末、中国の習金平主席が北京を訪れた梁振英行香港行政官(当時)に告げた言葉は次のようなものだった。

「一国二制度を確実に実施し、変形し、姿が崩れることのないよう堅持する」

ところが4年近く過ぎた今、香港の反政府デモは炎のように燃え続け、来年1月の台湾総統選挙の姿まで変えようとしている。

総統選投票日まで4ヶ月を切った10月半ば、有力候補とみられていた著名実業家で親中派の郭台銘氏が突然不出馬を表明。一方、対中強行派の現総統蔡英文氏は、香港デモが追い風となって、最新の世論調査で支持率トップに躍進している。予期せぬスキャンダルでも吹き出さないかぎり、蔡氏の再選は確実だろう。

蔡総統の勝利は習主席にとっては新たな挫折となる。長引く米中貿易戦争や香港反中デモによって国内で不満が高まっている中、最重要の政策課題である台湾統一が遠のくことは失策以外の何ものでもないからだ。いくら2年前に憲法を改正して国家主席の任期を撤廃し全権を掌握したといえども、心中穏やかではないだろう。

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もともと香港の一国二制度は、中国が台湾統一のために考え出した方式だ。

英国の植民地だった香港が中国に返還されたのは1997年。最高指導者だった鄧小平が、サッチャー政権に対して中国市場参入というエサをぶら下げつつ軍事介入もちらつかせて香港を奪い返した。その条件には、返還後50年間は香港では社会主義の中国と異なる民主的な制度を維持することが約束されていた。じつはその裏で中国は香港を実験台にして台湾統一にうまく繋げようと目論んだのだ。

ところが目覚ましい経済発展を遂げた台湾はそんな制度には目もくれなかった。それどころか2000年には反中の民進党が政権を握り独立志向が強まったのだ。その後、親中派の馬英九政権が誕生してしばらく両者の距離は縮まったが、3年前から民進党政権に逆戻りしている。

背景には1949年の国共内戦以降中国とは別の政治体制下で暮らしてきた台湾の人々の中に「私たちは中国人ではない、台湾人だ」という意識が広がっていることがある。同時に香港でも中国離れが起きている。香港人の大半は自分たちを中国人だとは思っていない。香港大学が行った2017年の調査によれば、若者(18歳から29歳)のうち自分は中国人と回答したのはわずか3%だった。

中国政府に対する先行き不安と恐怖が今日の台湾と香港の人々の心を繋いでいることは間違いない。BBCの報道によれば、インターネットで香港のデモの様子を追っていた台湾の若者が教会で募金を呼びかけ香港のデモ隊にガスマスクなどの物資2000個以上を送ったという。連帯感の現れだろう。

その一方で中国当局による台湾総統選に対するサイバー攻撃や台湾海峡でのミサイル実験も危惧されている。年明けに北京で行われた年頭演説で習主席は平和統一が基本だが「外部の干渉や台湾独立勢力に対して武力行使を放棄することはない」と明言した。台湾海峡も波高しだ。

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米大統領が今回のサウジ攻撃に消極的な理由

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「これは(イランの)サウジアラビアに対する直接の戦争行為だ!」 強行派ポンペオ米国務長官はまるで戦争前夜のように記者団に向かって叫んだ。サウジ国防省のマリキ報道官が記者会見でイランがサウジの主要石油施設を攻撃した証拠としてドローン(無人機)や巡航ミサイルの破片を公開したからだ。

米政権は「48時間以内」にイランに対する追加制裁を発表するとしているが、トランプ大統領は全面的な戦争突入にはじつは消極的だ。トランプはなんでも損得勘定で考える強欲な商売人だ。中東で戦闘に巻き込まれることは彼にはなんの得もない。自分の再選を危うくする。議会も国民も新たな戦争など望んでいないからだ。

それに誰がどこからサウジに攻撃をしかけたかはまだ不明だ。芥川龍之介の短編小説『藪の中』の状況である。9月14日、サウジアラビアの主要石油施設が攻撃された直後に犯行声明を発表したのは隣国イエメンの武装勢力フーシだった。だが、米国はイランの仕業だと非難。イラン側は事実無根の言い掛かりだと否定している。

中東は「世界の火薬庫」と呼ばれるほど各国の思惑が複雑に絡みあい微妙なバランスで和平が保たれている不安定な地域だ。ひとつ間違えばこれまで幾度も繰り返されたような全面戦争に繋がる危険がある。別の言い方をすれば、狸と狐の化かし合いの場なのだ。記者発表など鵜呑みにできない。かつてCIAが2度も証拠をでっち上げてイランのイスラム政権打倒を画策したという前歴もある。

そもそも中東のデリケートなバランスを崩したのは外交無知のトランプ米大統領だ。昨年5月、米国が一方的にイラン核合意から離脱を宣言し、イランに「最大限の圧力」をかける政策に転換したからである。

その一方でトランプは、親イスラエル・サウジの姿勢を鮮明にしてきた。2020年の大統領選で有利だと算盤をはじいたのだ。米国内でトランプ氏の岩盤支持層は親イスラエルのキリスト教保守派だ。サウジアラビアは大量の米国製兵器を購入してくれる上顧客で、支持層の一角である軍事産業を喜ばせることができる。

米国が反撃してこないと読んだイラン最高指導者ハメネイ師が同国の軍事力を誇示して今後の交渉を優位に進めるためにイラクやシリアで活動しているイラン影響下の武装勢力を使って仕掛けた可能性も考えられる。今回の空爆は飛行距離、戦略、精度、規模友に過去のフーシ派の攻撃とは次元が違うからだ。

CNNテレビによれば、米・サウジ共同調査団筋はイラク国境に近いイランの基地から発射された巡航ミサイルとドローンによる攻撃だったと断定したというが、確証は公開されていない。イスラエルの総選挙直前というタイミングも絶妙だ。対イラン強行派のネタニアフ首相は汚職疑惑で窮地に追い込まれている。

とにかく今回の空爆の衝撃は大きかった。世界屈指の石油輸出国サウジの生産量が一挙に半減。各国の株価が下落し、原油価格は急騰した。加えて、サウジの防空体制の脆弱さも露呈してしまった。

「我々は犯人を知っており、その理由もある。検証結果によっては臨戦態勢をとる」とトランプ大統領はツィッターに投稿したが、確たる証拠を示していない。イラン攻撃には踏み切れないだろう。やれてもせいぜい限定的な武力行使やサイバー攻撃だろう。皮肉なことに今、「最大限の圧力」を感じているのはトランプ大統領だ。

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最も危険なアジアの火薬庫

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いま世界でいちばん危険な場所はどこか。そうと訊ねると、ミサイルを発射した北朝鮮と答える人が日本では多い。しかし正解はインド北部とパキスタン北東部の国境地帯に広がる山岳地域カシミールだ。

インド、パキスタン、中国の3カ国が領有権を争うカシミール地方で印パの報復合戦が激化し、地域核戦争という戦慄のシナリオが現実の脅威となっているからである。

きっかけは今年2月、パキスタンのイスラム過激派が同地域のインド治安部隊を狙って自爆テロを起こし40人以上が死亡した事件だった。インドはすぐさまパキスタン国内の武装勢力の拠点を空爆。その報復として今度はパキスタン空軍がカシミール上空でインド軍の戦闘機2機を撃墜して操縦士2人を拘束した。世界に緊張が走った。

なにしろインドもパキスタンも核保有国である。しかも、1999年にカシミールを巡って両国が軍事衝突した際には、パキスタンがインドに対する核攻撃を計画したという前歴がある。その時はカシミールを「世界でもっとも危険な場所」と判断した米国のクリントン大統領が仲裁に入り、事なきを得た。だが、アメリカ・ファーストのトランプ大統領にはそんな役割を期待できそうもない。

今月1日、パキスタン側が拘束したパイロットを解放したため事態は収束するかに見えた。ところがモディ首相は6日、インドとパキスタンがカシミール地方のインド側にあたるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪すると突如発表。インド軍兵士を追加配備して同州を封鎖し、地元の政治家、活動家、財界人、大学教授など300人以上を拘束するとともに電話やインターネットも遮断してしまった。これで危機が一気に再燃。同州はインドで唯一イスラム教徒が大半を占め、インド政府の圧政でこれまでに数万人が犠牲になっている地域だ。パキスタンのカーン首相はツイートで怒りを露わにした。

「ヒンズー至上主義のイデオロギーはナチスのアーリア人至上主義のように止まらない。・・・行き着く先はインドにおけるイスラム教徒の弾圧、民族浄化であり、最終的にはパキスタンを標的にするだろう」

そもそも両国の国境紛争は、1947年に英国がインドの植民地を、カシミールの帰属を明確にしないまま、ヒンズー教徒の多いインドとイスラム教徒が大多数を占めるパキスタンに分割したことに起因する。この分割は大きな災難をもたらした。同年に第1次印パ戦争が勃発し、その後も第2次印パ戦争、カールギル紛争、第3次印パ戦争と血みどろの戦闘が続いた。

そのうえ大国の地政学的思惑も絡んでいる。これまでテロ対策の一環でパキスタンを支援してきた米国はトランプ政権になってインド寄りにシフトしている。敵対する中国に対してインドが防波堤になるという判断からだ。一方、インドと国境対立している中国はパキスタンとの軍事・経済的関係を強化している。誰も責任を取らない歴史の傷跡と混乱が消える日はまだまだ遠い。

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ブレクジットとトランプの関係は?

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「悪いニュースもいいニュースも俺にとってはいいニュースだ。」選挙期間中にそう豪語していたのは他ならぬトランプ米大統領だった。とにかくマスコミの注目を集めればオーケーなのである。「国へ帰れ」と非白人女性下院議員4人を激しく非難した最近のツィートもそうだ。たちまち大炎上。下院で自身の人種差別的発言を非難する決議案が可決されてもどこ吹く風で、再選のためならなんでもありなのだ。

一方、英国ではトランプ米大統領を「無能で軽薄」と酷評して辞任に追い込まれたキム・ダロック駐米英国大使の機密公電漏洩を巡って、名探偵シャーロック・ホームズ張りの「犯人」探しが始まっている。

ロンドン警視庁はすでに公職守秘法違反の疑いで捜査に乗り出し、リークした人物に名乗り出るよう呼びかけているが、犯罪者扱いされるのが分かっていて応じる者はいないだろう。

まず疑われるのは、国内の政府関係者と政治家だ。ポイントは漂流するイギリスのEU離脱問題だろう。混乱の責任をとって6月初めにメイ首相が保守党党首を辞任した後、熾烈な後継者争いを繰り広げているのはジェレミー・ハント外相とボリス・ジョンソン前外相のふたり。いまのところ突飛な言動で「イギリスのトランプ」として知られるジョンソン氏がブックメーカー(賭け屋)で一番人気だ。

ジョンソン氏はもともと離脱首謀者のひとりだが、ダロック前大使は親EU派だった。そこで離脱推進派を勢いづかせるためジョンソン氏が大使を交代させようと画策したというのが地元でよく聞かれる噂だ。だが、そんな単純な構造ではあるまい。

Nigel Farage
Dweller [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

私が注目しているのは急進的離脱派のナイジェル・ファラージ氏だ。離脱派が多数を占める東部の都市ピーターバラで先月行われた下院補欠選挙では、同氏が率いる新党ブレグジット(英EU離脱)党が得票数で既存の保守党を上回った。危機感を持ったジョンソン陣営がファラージ氏に接近しても不思議はない。

ファラージ氏の背後には、2016年の国民投票で英国史上最大の800万ポンド(10億8千万円)もの政治資金を提供して離脱を後押しした英富豪のアーロン・バンクス氏がいる。だが、同氏にはその資金はロシアから違法に提供されたのではないかという疑惑が現在かけられており、国家犯罪対策庁(NCA)が捜査中だ。

バンク氏は疑惑を全面否定しているが、説得力は乏しい。なぜなら、ファラージ氏と共に設立した政治団体「リーブEU(EUを去れ)」は「移民流入は侵略だ」などソーシャルメディアを使って拡散した過激なメッセージの中にはなぜかロシアのプーチン大統領を賞賛する内容のものが含まれていたからだ。2016年米大統領選へのロシア介入と恐ろしいほど相似しているではないか。

ロシア人女性を妻にもつバンクス氏は広報担当者とともに国民投票の数ヶ月前に駐英ロシア大使や他の要人と頻繁に接触していたことも明らかになっている。さらには、16年11月にトランプの大統領当選を祝うためニューヨークのトランプ・タワーに駆けつけた最初の英国人も他ならぬバンクス氏だった。

「ブレグジットとトランプ氏の政治運動の裏には何らかの直接的繋がりがある」と保守党のダミアン・コリンズ議員は主張し、徹底した調査を求めている。

今月末に新首相が決まるが、その背後には情報戦略に長けた外国勢力の姿がちらついている。シャーロック・ホームズならさしずめこう言うに違いない。

「ワトソン君、これは事件だよ」

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