蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

アジアのもう一つの火種

2025/05/21

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世界で今いちばん危険な地域はどこか。

そうと訊ねられると、たいていはウクライナ、中東ガザ地区、あるいはミサイルを打ち続けている北朝鮮を思い浮かべる人が多い。だが答えはインドとパキスタンが領有権を争う山岳地域カシミールである。

そのことを想起させる事件が去る4月22日勃発した。

インドが実効支配する「インドのスイス」と呼ばれる人気観光地パハルガムで観光客が武装集団に銃撃されたのだ。死者26人のほとんどはインド人男性だった。その後、パキスタンに拠点を置くイスラム過激派武装勢力カラシュカレ・トイバの分派組織である「抵抗戦線」が犯行だった。

たちまちインド、パキスタン、中国の3カ国が領有権を争うカシミール地方で印パの報復攻撃の応酬が始まった。インドはパキスタン軍の基地を攻撃。パキスタンはインド国内の数十か所へ向けてロケットや火砲、ドローン(無人機)による攻撃を行った。

CNNが情報筋の話として伝えたところによると、両国の戦闘機125機が激しい空中戦を繰り広げ、パキスタン側はインド戦闘機5機を撃墜したと主張。インドは認めていない。少なくとも1機の最新鋭軍用機は撃墜されたようだ。一連の衝突によって双方で70人以上が死亡したとロイター通信が伝えた。

インドのモディ首相は、今回のテロ事件の首謀者を「地の果てまで追い詰めて罰する」と怒りを露わにした。

なにしろインドとパキスタンは共に核保有国である。インドが推定172発、パキスタンが170発の核弾頭を保有している。地域核戦争という戦慄のシナリオがまた現実の脅威となって世界を震撼させた。

1999年にカシミールを巡って両国が軍事衝突した際には、パキスタンがインドに対する核攻撃を実際に計画したという前歴がある。その時はカシミールを「世界でもっとも危険な場所」と判断した米国のクリントン大統領が仲裁に入り、事なきを得た。

では今回はどうか。衝突発生わずか数日前にバンス副大統領は印パ紛争は「我々の問題ではない」と主張していた。ところが10日、トランプは自身のSNSでインドとパキスタンが「完全かつ即時」の停戦に合意したと電撃的に発表。

その直後カシミール地方の主要都市などで複数の爆発が発生したが、事態は収束に向かった。停戦交渉の経緯はパキスタンとインドで食い違っているが、両国間の協議で衝突継続が互いの利益にならないと判断した結果だろう。アメリカの仲介は渡りに船だった。それをちゃっかり自分の手柄にしてしまうのがトランプ流だ。

だがこれでカシミール問題が解決に向かうわけではない。そもそも両国の国境紛争は、1947年に英国がインドの植民地を、カシミールの帰属を明確にしないまま、ヒンズー教徒の多いインドとイスラム教徒が大多数を占めるパキスタンに分割したことに起因する。

独立に際し、ヒンズー教徒だったカシミール藩王国の藩王がインドへの帰属をめざしたため住民の大部分を占めるイスラム教徒が反発。第1次印パ戦争が勃発した。その後も第2次印パ戦争、カールギル紛争、第3次印パ戦争と血みどろの戦闘が続いた。1998年にインドが核実験に踏み切ると、パキスタンも核実験で対抗。競うように核実験を繰り返した。

根深い対立の裏には大国の地政学的思惑も絡んでいる。冷戦下ではソ連封じ込めの拠点として、その後はタリバンやアル・カーイダなどのテロ対策の一環でパキスタンを支援してきた米国だったが、トランプ政権になってインド寄りにシフトしている。敵対する中国に対してインドが防波堤になるという判断からだ。

一方、インドと国境対立している中国は巨大経済圏構想「一帯一路」を推し進めるためにパキスタンとの軍事・経済的関係を強化している。今回の事件に先立って、中国の王毅外相はパキスタンを「鉄の友」と呼んで強い支持を表明していた。

思い返せば2019年2月、パキスタンのイスラム過激派が同地域のインド治安部隊を狙って自爆テロを起こし40人以上が死亡した事件が起きている。インドはすぐさまパキスタン国内の武装勢力の拠点を空爆。その報復として今度はパキスタン空軍がカシミール上空でインド軍の戦闘機2機を撃墜して操縦士を拘束し世界に緊張が走った。

翌月、パキスタン側が拘束したパイロットを解放したため事態は収束するかに見えた。だが、モディ首相はインドとパキスタンがカシミール地方のインド側にあたるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪すると突如発表。

インド軍兵士を追加配備して同州を封鎖し、地元の政治家、活動家、財界人、大学教授など300人以上を拘束するとともに電話やインターネットも遮断する暴挙に出た。これで危機が一気に再燃。同州はインドで唯一イスラム教徒が大半を占め、インド政府の圧政でこれまでに数万人が犠牲になっている地域だ。

パキスタンのカーン首相(当時)は次にように怒りを露わにしていた。

「ヒンズー至上主義のイデオロギーはナチスのアーリア人至上主義のように止まらない。・・・行き着く先はインドにおけるイスラム教徒の弾圧、民族浄化であり、最終的にはパキスタンを標的にするだろう」

カシミール地方の歴史の傷跡と混乱が消える日はまだ遠い。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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