蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

高齢者候補対被疑者候補

2024/02/20

「俺は魔女狩りの被害者だ!」

そんな虚言、暴言を吐いた挙句に刑事被告となったトランプ前大統領がまたホワイトハウスに戻ってくるのか。今年のアメリカ大統領選は極めて異例な展開となっている。もしトランプ再選となれば世界にとって悪夢の再来だ。

まず異例なのは、すでに共和党はトランプ、民主党は現職のバイデン大統領と両党の候補者がほぼ確定していることだ。

例年なら1月15日の共和党党員集会を皮切りに両党の目ぼしい候補者たちが各州の予備選挙やTV討論会で競い合い党代表候補が決まる。ところが今回違う。共和党はカネと脅しと悪のリーダーシップでトランプに乗っ取られ、対する民主党も不人気のバイデンに対抗できる有力候補が不在だ。つまり、予備選が形骸化し両党とも機能不全を起こしているのだ。

さらに異例なのは、トランプが4つもの刑事裁判を抱えていることだ。

4つの罪状とは、①2021年1月の連邦議会襲撃事件における扇動、②大統領退任後の機密文書の不正持ち出し、③ジョージア州選挙結果を不当に覆そうとした疑い、④不倫口止め料支払いで業務記録改ざん。トランプはいずれも無罪を主張しているがどれも重罪だ。

それに加えて、前大統領が女性作家への性的暴行を否定し名誉を棄損したとして訴えられていた民事訴訟でニューヨーク・マンハッタン連邦地裁は1月27日、8330万ドル(124億6900万円)という巨額な損害賠償支払いをトランプに命じている。

その約1カ月後の2月6日、米連邦地裁はトランプが2020年大統領選の結果を覆そうとしたとして起訴されたケースで、同氏の大統領免責特権を認めないとの判決を下した。トランプにとって敗北だ。じつはその裏にはずる賢い前大統領と弁護団の戦略があった。トランプ側の狙いはあらゆる手段を使って裁判を11月の大統領選後まで遅らせて支持者離れを食い止めることだ。再選されれば現職の大統領は起訴されないという不文律がある。

連邦地裁の判決はトランプ側の審理引き延ばしで遅れたため、当初3月4日に予定されていた本丸の連邦議会襲撃に関する連邦裁判は無期限延期になった。大統領選後まで延期される可能性がある。

しかし、検察も裁判官もトランプの脅しを恐れなくなっているという。トランプを「倒す」証拠や証言を積み重ね、トランプを「倒す」ことに執念を燃やしている。

ニューヨーク地方裁判所は15日、裁判の日程が大統領選挙を妨害するとのトランプ側の主張を退け、不倫口止め料に関する公判を来月開始すると決定した。大統領経験者が初めて刑事裁判で法廷に立つことになる。

トランプ再出馬の最大の動機は刑事訴追と破産から自分を守ることだ。アメリカファーストならぬ「自分ファースト」なのだ。たとえ有罪になっても、再選されればなりふり構わず自分で自分に恩赦を与える可能性が大だ。

これ程の悪事を重ねてきたトランプの人気が衰えないのを不思議に思われる方も多いだろう。もちろん傍若無人な前大統領を忌み嫌う米国民はたくさんいる。しかしその一方で「俺は無実だ!」というトランプの叫びに呼応するキリスト教原理主義者や右翼保守層のみならず、共和党までもがトランプ支持で結束を強めているのだ。これが分断国家アメリカの現実なのである。

前大統領が逮捕・起訴されたり、裁判に出廷するたびに支持率が上がる異常な現象が起きている。そもそもトランプ支持者たちは2020年大統領選で勝ったのはトランプで、裁判はバイデン側の陰謀や妨害工作だと本気で信じている。心理学者のスティーブン・ハッサンは「トランプと支持者の関係はカルトの教祖と信者の関係と同じだ」と分析しているくらいだ。

米国では起訴や有罪になっても大統領選に立候補が可能だ。合衆国憲法は大統領になる要件を①米国生まれ、②35歳以上、③14年以上居住の3つしか規定していないからである。過去には、1920年にスパイ防止法違反で収監されていた米社会党候補ユージン・デブスが獄中から大統領選に立候補し一般投票で3.4%の票を獲得したことがある。

伝統ある米政治経済誌ザ・アトランティックは「(ソーシャルメディアなどの影響で)多くの有権者はトランプ再選がどれほど米国民や世界に深刻な衝撃を与えるか認識できないままバイデンの認知機能低下や経済対策を批判している」と指摘している。

4年間ホワイトハウスで最高権力の味を占めたトランプが再選されれば政策などそっちのけでやりたい放題になることは想像に難くない。ウクライナ支援打ち切り、NATO離脱、パリ協定離脱、一方的イスラエル支持、ロシア支持、不法移民排除、米中対立激化など世界の政治経済は大混乱に陥るだろう。

バイデンが選ばれれば現状維持だが、熱狂的なトランプ支持者による暴動が再燃するかもしれない。

もちろん11月の本選までまだ期間があり、何が起きるかわからない。例えば、トランプ(77)もバイデン(81)も高齢だから、選挙期間中に健康を害することも考えられる。もしバイデンが選挙戦から離脱して不人気のハリス副大統領が民主党候補となった場合、トランプ再選の可能性は高まる可能性がある。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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