蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

11月に下される審判

2021/09/30

アメリカ大統領選がいよいよ終盤戦に入ったタイミングでメガトン級のトランプ暴露本が立て続けに2冊出版された。ひとつはトランプ米大統領の元顧問弁護士で腹心だったマイケル・コーエン受刑者の『DISROYAL(裏切り)』。もうひとつは敏腕ジャーナリスト、ボブ・ウッドワードによる『RAGE(怒り)』である。

どちらも傍若無人なトランプ大統領の知られざる暗部を明らかにしていて11月の選挙に影響を与えることは間違いないだろう。

『DISROYAL』は、トランプの脱税工作から人種差別やポルノ女優との不倫口止めまでトランプの違法行為のオンパレード。なにしろ大統領の悪事を誰よりも知る元側近が暴露しているのだからその迫力は抜群だ。コーエンはトランプを「ずるい嘘つき、にせもの、他人をいじめる横暴な人種差別主義者、詐欺師」だと赤裸々に具体例を挙げて非難しまくり。

「マフィアのボス」のような人間だとまで言い切っている。さらに、トランプは自分の金儲けのためにロシアと共謀していたという。大統領選出馬については「この選挙は俺のインフォマーシャル(テレビ通販広告)だ」とうそぶいていたとも。つまり選挙に出たのはアメリカ国民のためではなく自分のブランドを売るためだったのだ。とんでもない食わせ者である。

さらには、白人至上主義者であるトランプは異常なまでにオバマ前大統領を「憎しみ、見下している」という。黒人が米大統領になりノーベル平和賞まで受賞したことが許せないのである。もちろんトランプはすべて嘘だと否定しているが。

それにしても「トランプ氏を裏切るくらいなら高層ビルから飛び降りたほうがましだ」とまで公言していたトランプ崇拝者のコーエンがなぜボスの秘密をばらす気になったのだろうか。その経緯は2006年のふたりの出会いにまで溯る。その年、セレブだが札付きの不動産業者だったトランプは運営していたマンションのオーナーたちとトラブルを起こしていた。それを巧みに片づけたのが若手弁護士コーエンだったのだ。

感心したトランプはすぐさま彼を個人弁護士に雇うと、コーエンは徹底したボスへの忠誠心からトランプの「6人目の子供」とまで呼ばれるようになっていった。性格はトランプと同じく超攻撃的でついたあだ名が「ピットブル」(ブルドッグに似た闘犬)だった。親分のためなら汚い仕事も喜んで引き受けた。

ところが2018年4月、状況が一変した。連邦捜査局(FBI)が電撃的にコーエンの事務所や自宅に家宅捜索に入り電話記録、税務関連書類など一切合切押収してしまったのだ。その中にはもちろんトランプのセクハラや口止め工作などに関するものも含まれていた。ボスの命令でやったことばかりなのにトランプが助けてくれないことを知ったコーエンは激怒。司法取引に応じて選挙資金法違反や脱税などの罪で禁固3年の刑を受けた。妻と子供ふたりと別れてニューヨークの刑務所に収監された彼は現在コロナ感染拡大で釈放され自宅拘禁中である。

『RAGE』の筆者ウッドワードは70年代にワシントン・ポスト紙の同僚とウォーターゲート事件報道でニクソン大統領を辞任にまで追いやったことで有名なベテランジャーナリスト。トランプ政権内の混乱を暴露した前作『FEAR(恐怖)』は大ベストセラーになった。新著では、今年2月の時点でトランプが新型コロナウイルスの致死性や感染力を認識していたにもかかわらず、国民に正しい情報を伝えていなかったという驚愕の事実が大統領自身の発言として記されている。

「俺は事態が深刻でないように思わせたかった。パニックを起こさせたくなかったんだ。・・・新型コロナは空気感染する。年寄りだけでなく若者にも感染するんだ。そうとう用心したほうがいい」

この驚愕の発言は録音されていて書籍が発売されたと同時にCNNテレビで全国放送されたからその衝撃は計り知れない。トランプの隠蔽工作のために多くの国民の命が奪われたのだから。

トランプは再選されなければ自分も刑務所行きだと気づいているとコーエンは言う。「だから再選のためにはなんでもやる。・・・11月の大統領選で負けても素直にホワイトハウスから出て行かないだろう」

その言葉どおり、トランプは自分に不利な郵便投票を躍起になって阻止しようとしている。敗北しても不正選挙だと訴えて法廷闘争に持ち込むつもりだ。それだけではない。民主党政権では「法と秩序」が守れないという印象をつくりだすため過激な右翼や人種差別主義者を巧みに扇動して反トランプデモ参加者と衝突させている。トランプの姪であるメアリー・トランプは近著で「トランプは地球で最悪の人間」だと非難した。アメリカ国民にとっては災難としかい言いようがない。だがそんな悪党を大統領に選んだのもアメリカ国民だ。しかも11月の選挙で同じ過ちを犯す確立はまだまだある。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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