蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

歴史は繰り返す、伝染症の恐怖

2020/02/26

新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない。中国の実験室から流出したとか、人工の生物兵器ではという陰謀論さえ飛び交っている。ソーシャルネットワークで多数の人々が繋がる現代では、不安が高まると怪しげな情報が拡散・共有されやすくなると情報学の専門家が指摘しているが、まさにその現象が起きているのだ。

一部の香港メディアによれば、今回のウィルスは湖北省武漢にある疾病予防管理センターの実験室から流出した可能性が高いと中国の教授が論文で発表したという。現在、その教授とは連絡が取れず、該当論文はサイトから削除されたと。しかし香港メディアはセンセーショナルな記事を好み、実際のところ真相は不明だ。

恐怖が広がるのも無理はない。振り返れば、記録に残る人類史上最悪の人的被害を引き起こしたのも感染症だったからだ。今では”忘れられた記憶”となっているが、1918年から19年にかけて欧州を中心に世界各地を襲った新型インフルエンザ(通称スペイン風邪)である。

スペインかぜウイルス

世界人口のなんと3割にあたる5億人に感染し、第一次世界大戦の死者の4倍以上の4000万人~5000万人、日本だけでも関東大震災の犠牲者の5倍近くの45万人、の命を奪っている。もちろん世界経済も大打撃を受けた。

現在ではインフルエンザに関する予防・対処情報が世間で広く知られ、ワクチンやタミフルなどの抗インフルエンザ薬が開発されているからスペイン風邪のような大流行は起きないだろう。だがその一方で、年間13億人超が飛行機や他の交通機関で世界を飛び回っている大移動時代の今は新たな感染症が瞬く間に世界中に拡散してパンデミックを引き起こすリスクが増大している。

今回は感染源となった中国だけでなく日本政府の対応の遅さや酷さに内外から非難が集まっている。オリンピック招致演説で福島原発から漏れ続ける汚染水を「アンダー・コントロール(制御下にある)」と平然と言ってのけた安倍首相の危機感欠如による初動ミスの結果だろう。

危機に直面すると政治家はすぐに「想定外」という言葉を使いたがるが、鵜呑みにしてはいけない。コロナウィルスの感染被害は2002年に中国広東省で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年にサウジアラビアで見つかったMERS(中東呼吸器症候群)で経験済みだ。

SARS

MERS

日本での感染拡大がなかっただけのことである。私たちが日常的にかかる風邪の2割弱はコロナウィルスによるものだ。ただ、今回の「新型」コロナウィルスは過去に報告されたものと遺伝子構造が異なるためとても厄介なのだ。

1990年代半ば、『アウトブレイク』という映画が公開された。アフリカからペット用に密輸されたサルが原因で致死率100%の殺人ウィルスがアメリカで爆発的に拡散し、人々が目や耳から出血して次々と死に至る背筋が寒くなるサスペンスだ。殺人ウィルスのモデルとなったのは実際に存在するエボラウィルス(致死率50~90%)。

エボラウイルス

エボラが史上最悪の猛威を振るったのは2014年、ギニアをはじめとする西アフリカ6カ国で、約2万9千人が感染し、死者数は1万1千人を超えた。医療従事者の間でも感染が起きたため支援団体がボランティアを撤退させたというほど深刻だった。

いたずらに恐怖を煽るのはもちろん好ましくない。だが政府やメディアから適切な最新情報を提供されなければ「正しく恐れましょう」なんてメッセージはなんの意味もない。ウィルスは自分で増殖できない代わりに他の細胞に入り込んで生存・増殖し変異を繰り返す。そのため抗ウィルス薬がすぐに開発されにくい。今のところ我々にできることは人混みを避け、手洗い・うがいをしながら終息を辛抱強く待つだけである。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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