蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」 kanise

今北米・中米で起きている政情不安

2019/02/20

お騒がせトランプ米大統領が2月15日、メキシコとの国境に壁を建設する費用を確保するため、国家非常事態を宣言した。国境を越えて侵入してくるメキシコからの不法移民は強姦魔と麻薬密売人ばかりだというのが言い分だが、アメリカ人とメキシコ人のどちらが極悪か歴史をきちんと勉強したほうがいい。

アメリカの歴史はトランプを遙かに凌ぐ嘘と武力で塗り固めた領土拡大のオンパレードだ。1776年の独立当時、アメリカ「合州国」は大西洋岸の東部わずか13州だった。それが大西洋から太平洋まで達する広大な国家になったのは、武力によるイギリス植民地獲得、フランス・スペインからの領土買収、先住民虐殺、そしてメキシコを襲った悲劇の結果だ。

現在のテキサス州はもともとメキシコの領土だった。陽気で寛大なメキシコ人は1820年代から姿を見せ始めたアメリカからの移民を温かく受け入れた。ところがその数が2万人を超えた入植者たちは「テキサスはアメリカの領土だ」と勝手に独立宣言し、戦争の末メキシコからテキサスを奪った。

さらに軍事力も経済力も劣るメキシコの弱みにつけ込んで、今のニューメキシコやカリフォルニアまでも略奪した。アメリカのイデオロギーは民主主義ではなく「明白な運命(マニフェスト・デスティニー)」、つまり権力拡大はアメリカの天命だという身勝手な思想だ。トランプの「アメリカ・ファースト」の背景にはその思想がある。

「天命」に従って、パナマ、グアテマラ、アルゼンチン、ブラジル、エルサルバドル、キューバ、チリ、ペルーなど中南米に勢力を拡大。「エコノミック・ヒットマン」やCIAが暗躍して手口はより巧妙になった。エコノミック・ヒットマンとは表向き国際コンサルティング企業職員だがじつは米国の利益のために秘密裏に途上国を食い物にする連中だ。

彼らの手口は、まず天然資源豊富な途上国の指導者に世界銀行などの融資の話を持ちかけ、国に巨額の債務を負わせる。融資された資金はインフラ建設などを請け負う米企業と現地の権力者の懐に入る。やがて債務返済に窮した債務国政府は天然資源や国連の議決権を奪われ、米軍基地建設を強いられたりする。逆らう奴の暗殺や軍事介入も辞さない。

この事を知れば、豊かな自然に恵まれ世界屈指の産油国であるベネズエラが今なぜ未曾有宇の経済危機に陥っているかがわかる。1922年に原油が噴出して以来、およそ半世紀でベネズエラは最貧国からラテンアメリカで最も豊かな国のひとつになった。

するとインフラ整備や産業プロジェクトに世界銀行などから多額の融資が行われ、汚職が蔓延。原油価格崩壊後は債務返済でなくなり、貧困が拡大、「王様と物乞いの国」と呼ばれるほど深刻化した。これが緊縮財政、民営化、外資導入というアメリカ流新自由主義(小泉・竹中内閣も導入しました)の本性なのである。

それに反旗をひるがえして登場したのが反米社会主義チャベス政権だ。欧米では独裁者のレッテルが貼られているが、貧困層と軍の支持を受けたチャベスは石油が生み出す富を国民に等しく分けるため主要産業の国有化や価格統制を断行した。その路線を引き継いだのがマドゥロ大統領だが、原油価格の下落とアメリカの経済制裁によって経済は悪化の一途を辿っている。

打倒反米政権に燃えるアメリカはすかさず親米で暫定大統領を自称するホアン・グアイド氏(国会議長)の支持を表明、軍事介入も辞さない構えだ。これに対してマドゥロ政権を支援するロシアや中国などが猛反発、さながら世界を二分した東西冷戦を彷彿とさせる状況になっている。

罪深きは自由と民主主義の美名を借りたアメリカの露骨な勢力拡大主義なのだ。

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プロフィール

かにせ・せいいち
蟹瀬誠一

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
SBI大学院大学学長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。 現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
2023年5月、SBI大学院大学学長に就任。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。

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