お騒がせトランプ米大統領がまたシリアにミサイルをぶち込んだ。しかも昨年4月のおよそ倍の105発。在庫一掃の意味もあるかもしれないが、やるときは一気に派手にやれというトランプらしい。
ターゲットとされた3カ所の化学兵器関連施設(とおぼしき所)は破壊され、懸念された敵対するイランやロシアからの反撃はなかった。それを知ったトランプはさっそく誇らしげにツィート。
「完璧な攻撃。任務完了!」
確かに戦術的にはそうかもしれない。しかし地政学的要所として7年間も血まみれの戦場と化し、約50万人が死んでいるシリアに秩序をもたらすという戦略的目的にはまったく寄与していない。シリアの現実はなにひとつ変わっていないからだ。
むしろロシアを後ろ盾としたアサド政権に西側の限界を露呈し、化学兵器さえ使わなければいくら人を殺してもいいという誤ったメッセージを送った可能性さえある。
昨年は電撃的な空爆だったにも拘わらずアサド政権はビクともせず、イスラム社会の反米感情を煽っただけに終わったことを忘れたのか。大切なのは攻撃後のフォローアップなのだ。
そもそもシリアは軍事で解決できる問題ではない。戦争を終わらせるための複雑な外交的中長期ビジョンが必要な政治問題なのだ。ホワイトハウスはミサイル攻撃によって外交的プロセスが促進されることを希望するとコメントしたが、そんなものはただの根拠なき願望にすぎない。
恐らくこの先の中東戦略など考えてもいないのだろう。地図でシリアの位置さえ指させないのだから。攻撃後の記者会見でマチス国防長官が今回の攻撃は「一回限り」のものだと説明したあたりに側近たちの苦悩がにじみ出ている。
そもそも人権無視の大統領令を連発したトランプが化学兵器の非人道性などに関心があるわけがない。なにしろアフリカやハイチ、エルサルバドルなどを「クソ溜め国家」と呼んで憚らない人物だ。
「俺がニューヨークの五番街で人を殺しても、支持者は気にしないよ」とか「いきなり女性にキスをしたり、プッシーを掴んでも俺は怒られないよ」とも言った。
息子のエリックによれば、トランプはしばらく前までシリア情勢に関心など皆無だったという。昨年の空爆は、化学兵器の犠牲になったシリアの子供たちの姿をテレビで観た娘イヴァンカの「パパ、こんなの酷すぎる」という一言が切っ掛けだったそうだ。なにしろトランプはイヴァンカを溺愛しており、本気で米国初の女性大統領にしたがっている。
ならば今回なぜ攻撃に踏み切ったのか。敵対するイランやロシア、さらには北朝鮮に対する警告か。それもあるだろう。しかしそれ以上に国内事情が影響が大きい。怖い物知らずのはずのトランプがミュラー特別捜査官(※1)によるロシア疑惑捜査にビクビクしている。
なぜならミュラーは海兵隊出身の高潔な人物で、トランプ流の脅しがまったく通用しないからだ。捜査はロシアコネクションや司法妨害はもちろんのこと疑惑だらけのトランプの私的ビジネスにまで及ぶだろう。
そんな中、米連邦捜査局(FBI)は4月9日、トランプの代理人を長く務めた弁護士マイケル・コーエン氏の事務所の捜索に踏み切った。コーエンはポルノ女優ストーミー・ダニエルズ(本名ステファニー・クリフォード)にトランプとの性的な関係をばらさないよう口止め料として13万ドル(約1400万円)支払ったことを認めている。
大統領には知らせず自費で賄ったと言い張っているが、なにしろトランプの表も裏も知る人物だ。そんな人物に司直の手が伸びたとあってはさすがのトランプも心穏やかではあるまい。11月の中間選挙も当然気にしている。
対シリア攻撃は、トランプにとってマスコミと巷の関心を国内問題からそらすのにもってこいの手段だったに違いない。アメリカの大統領は自分が追い詰められると総じて戦争をして窮地を脱しようと考える。ブッシュもそうだった。
しかしそのお陰でただでさえ困難なシリア紛争の外交解決がさらに遠のいた。「任務完了」というのは危険な言葉だ。
2003年、ブッシュ大統領が米空母の甲板でイラク戦争終結を声高らかに宣言したときに使ったのも「任務完了!」。
その後8年間も米軍はイラクに残り、4000人以上の米兵が命を落とした。2011年にいったん撤退したが、2014年にはイスラム過激派ISとの戦闘のために再び従軍し、今もイラクにいる。
※1
ロバート・スワン・ミュラー三世
Robert Swan Mueller III
1944年8月7日 生まれ 。アメリカ合衆国の元海兵隊出身、法律家、司法官僚。
2001年9月4日-2013年9月4日、第6代連邦捜査局(FBI)長官。
2017年5月17日、前年の大統領選におけるロシアの干渉捜査のため司法省から特別検察官に任命。