"asshole culture(尻の穴カルチャー)"とは恐れ入った。トランプ大統領や安倍政権の話ではない。今や世界およそ40か国150都市にまでネットワークを広げ世界最大の「タクシー」会社となったウーバーのことである。
ウーバーは2009年8月にシリコンバレーのIT企業に勤めるトラヴィス・カラニック(当時32歳)とギャレット・キャンプ(当時30歳)のふたりがサンフランシスコで始めたサービスだ。起業の動機は街でタクシーがまったくつかまらなかったからだという。
彼らが思いついたのは高級リムジンを利用することだった。米国ではリムジンサービス(日本だいうと黒塗りハイヤー)は個人事業主が多く、お得意客を数人もって仕事をしている。そのため日常業務では「空き時間」が多い。その時間をスマートフォンのアプリ上で一般客に仲介したのである。
客は高級車をタクシー料金で使え、ドライバーは収入が増えるのだからまさにウィン・ウィンのビジネスモデルというわけだ。さらには一般人の所有車をタクシーの代用とする「ライドシェア」(日本では自家用車による運送サービス、いわゆる白タクとして禁止されている)も始めた。
これが大当たりして全米から海外へと瞬く間に広がったのだ。非上場で売り上げは非公開。業界通によれば、創業からわずか5年で企業価値は5兆円にまで急成長したという。
ところが先日デンマークの首都コペンハーゲンを訪れたら、この革新的配車サービスが4月28日で撤退というニュースが飛び込んできた。これまでニューヨークへ取材に出かけた際には必ずと言っていいほど私はウーバーを利用してきた。なにしろどこに居てもスマホでスピーディに高級車を呼べ、料金が一般のタクシーより割安だからだ。そんな便利なサービスがなぜ業務停止に追い込まれたのか。
さっそく調べてみると、世界のタクシー業界に革命を起こすサービスだと思われていたウーバーがじつはとんでもないトラブル続きだということが判明した。
デンマークでウーバーがスタートしたのは2年半前。当初は近代的で便利と思われたが、「福祉国家の破壊」「脱税容疑」を指摘するタクシー業界や全政党からの反発によってウーバーの営業を実質的に禁止できる新タクシー法が圧倒的賛成多数で成立。ついに完全撤退となったわけだ。
それだけではない。ウーバーに対する反発は世界中で広がっているではないか。違法な白タク行為に対するタクシー業界の抗議デモはパリ、ロンドン、マドリードなど欧州各地で起き、ワシントン、ジャカルタ、リオデジャネイロなどへも拡大していた。
フランスでは15年の6月に事業停止命令に従わなかったウーバー重役が逮捕されているし、ドイツやイタリアでもすでに違法操業として禁止されている。
そのうえ、障害者差別、秘密ソフトを使った規制回避や不正料金、欠陥自動運転車の事故、知的財産窃盗、ドライバーによる強姦、社内セクハラなどとんでもない同社の不正や疑惑が次々と明るみになっている。ウーバーの意味は俗語で「超スゲー」だが実際は「サイテー」と言わざるを得ない。一部の投資家も逃げ出し始めているという噂さえあるくらいだ。
主な原因はどうも同社の悪しきコーポレートカルチャーにあるらしい。創業者カラニックの性格といってもいいかもしれな。一言でいえば極めてアグレッシブ。儲けるためには裏切りでもなんでもあり。そして男尊女卑。ウーバーで働いた奴は採用するなというのが今やIT業界では常識になっているという。というわけで同社の企業文化は"asshole culture"(尻の穴カルチャー)なのだそうだ。
さすが批判の嵐に耐えかね、昨年秋に小売り大手ターゲットのチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)ジェフ・ジョーンズ氏を社長に迎えたが、1年足らずで辞任。「私が信じてきたリーダーシップとウーバーで目にしたこととは相反する」というのが理由だった。
とにかく儲かれば他のことはどうでもいいという企業姿勢はリーマンショックという世界的金融危機を引き起こした金融業界を彷彿とさせる。こんなIT企業は少なくとも世界一幸せな国デンマークには似つかわしくない。