結婚43年目でついに離婚という衝撃の発表があった。もちろん私のことではない。イギリスのEU離脱だ。そのお陰で、かねてからイギリスのEU離脱もトランプ米大統領誕生も絶対にないと断言してきた私の面目は丸つぶれ。当日は仕事で長崎にいたのだがテレビ番組に生出演させられて敗戦の弁を語る羽目になってしまった。
同じく残留を支持していた英経済紙「フィナンシャル・タイムス」も憤懣やるかたない様子。社説で「英国の自傷行為」「ベルリンの壁崩壊以来の衝撃」「手に負えない群衆の選択」「英国は暗闇に飛び込んだ」と手厳しく離脱決定を非難している。
ただ当面は何も変わらないだろう。これから「世界で最も複雑な離婚交渉」が2年から、場合によっては10年くらいかけて行われるからだ。はっきりしているのは両者とも緊密な貿易関係を続けたいと思っていること。マスコミはイギリスの危機ばかりに注目するが、じつはイギリスはけっこう強い立場で離婚交渉に臨める。というのもほかのEU加盟国にとってイギリスは最大の輸出国だからだ。つまりヨーロッパ企業にとってイギリスは大切な市場なのだ。
イギリス人もちょっとした口喧嘩がこんな深刻な事態に発展するとは思っていなかったに違いない。その証拠にさっそく国民投票のやり直しを求めるネット署名が200万人以上集まっているという。議会審議に必要な署名数は10万人だから議会も無視するわけにはいかないだろう。残留派のキャメロン首相は匙をなげたが後任が見つかるまでは頑張るしかない。
それにしても国民投票とは怖いものである。国民投票のテーマは議会でなかなか埒が明かない感情的なものの場合が多く、ポピュリズム(大衆迎合)になりやすい。理想のリーダーや上司は誰と問われて平気で芸能人やスポーツ選手の名を挙げる日本のような国ではなおさら危ない。
歴史を振り返ってみると、16世紀半ばまでイギリスはうだつのあがらないだけでなく無益な戦争を繰り返す国だった。1337年から1453年までフランスとの間で100年戦争を引き起こしその挙句に敗退。この敗戦でランカスター家のヘンリー6世はライバルのヨーク家と内乱になりいわゆる薔薇戦争まで勃発した。
ヘンリー8世と別れた王女キャサリンの娘メアリーが王位につくと、母と自分を虐めたイギリス国教会の僧侶を次々と血祭りにあげている。その名をとってウォッカとトマトジュースを混ぜたカクテルがブラディ・メアリーである。英歴史家ジョージ・トレヴェリアンにいわせればイギリスは「貧しく、辺境の、遅れた」ところだったのである。
その辺境のイギリスが産業革命を経て世界中に植民地をつくり、搾取に明け暮れた。中国には阿片を売りつけてしこたま儲けた。今ではシリアに次いで世界10番目に多くの移民を他国に送り出している。移民排斥はとんだダブルスタンダードである。
それでも紳士淑女の国として尊敬され、ゴルフ、テニス、競馬、シャーロックホームズ、007からロンドン橋、大英博物館まで世界の人々を惹きつけるソフトパワーに溢れている。エリザベス女王は今年4月に90歳の誕生日を迎え、世界最高齢の君主になっている。まあ、下々の我々はジタバタせず離婚交渉の成り行きを眺めているのが得策だろう。