酒匂隆雄の「為替ランドスケープ」 

酒匂隆雄の為替ランドスケープ 2022年10月号

2022/10/01

3月から一方的にドル高&円安の動きが続く中、ついに日銀(正確には財務省。)が9月22日(木)に24年ぶりとなるドル売り&円買い介入を実施した。
その額は2兆8382億円でドル売り&円買いの1日の介入額としては過去最大規模であった。
その効果は絶大で介入当日、ドル・円相場は高値145.90から安値140.35へと5円55銭暴落した。

ドル売り&円買い介入

(9月22日から週末までの60分ローソク足チャート)

暴落の翌日9月23日は、我が国は秋分の日で休日であったが奇しくも37年前の1985年のプラザ合意で先進五か国の蔵相・中央銀行が為替相場安定のために一斉にドル売り介入を行った日であった。

その頃現役であった筆者は1985年9月23日(月曜日であった。)に休日出勤してドル売り介入のお手伝いをしたが、その頃はG5だとか協調介入などと言う言葉も無くて市場はその意義を理解せず、日銀の指示に従って大量のドル売りを行ったがドルは全然下がらず、当日は逆に2円くらい上がって”介入なんて効くのか?”と思ったが、翌日からドルは暴落を始めてあっと言う間に240円台から200円割れを見たことを思い出す。

今回の実弾介入は筆者にとっては何の驚きでもなかったが、一部の参加者には驚きをもって迎えられたらしい。

前週に日銀がレート・チェックを行って、為替の責任者の財務省が”必要とあらば断固たる措置を取る。”と言い切っていたのだから今回の措置は極めて自然なものであろう。

僭越ながらここ最近大規模な介入どころか殆ど介入を行っていなかったので、介入の事を知らない人が多いと思う。

-介入は単独では出来ない。

今の日米政治関係を見ると、米政府は日本政府による為替介入なんてMinor issue(小さな出来事)に過ぎない。

-ドル売り&円買い介入は原資であるドルを売るので自ずから限りが有る。

その通りであるが、我が国は現在約1兆3千億ドルの潤沢な外貨準備が有り、1998年当時の介入で”外貨準備を使い果たすのではないか?”と気を揉んだ時とは違う。

-ドル売り&円買い介入を行うと日銀が市場の円を吸収するので金融緩和政策と整合が取れない。

日銀がその分を資金供給して不胎化すれば良いだけの事。

最近は直接財務省の方々と話をする機会が無いので今回の介入が”どれくらい本気なのか?”を知る由も無いが、ユーロが急落し、ポンドが暴落している現状ではあるレべル迄力でドルを下落させると言うよりは急激なドルの上昇を抑えるのが真の目的だろう。

昔、”ロケットの発射台を低くしておきたい。”と言う言葉を聞いた。

これは”どうせロケットを打ち上げるのなら、それが宇宙まで飛んで行くのを許すのか、それとも成層圏辺りで止め置きたいのか?”と言うことで、150円(宇宙)まで飛んで行かない様に145円(成層圏)辺りで止め置きたい。

その為にロケットの発射台を低くするオペレーションを行う(ドル売り&円買い介入を行う。)のである。

介入後に一時140.35の安値まで下落したドル・円であるが、その後米国長期金利が上昇する(米国10年債券利回りが一時4%を超えた。)と徐々に値を戻してその後144.90の戻し高値を付けた。

(9月に入ってからのドル・円・日足・ローソク足チャート)

ユーロが再びParity(1ユーロ=1ドル。)を割って0.95迄下落し、ポンドも1972年以来の最安値を付けるなどドル高の波に押されてのドル・円の上昇であるが、市場の一部では”介入は効かない。”と言う意見が横行しているが、筆者はそうは思わない。

個人的意見であるがお上(財務省)や中央銀行(日銀)を舐めない方が良いと思う。

例えば今回の介入で5円急落する段階で1円50銭損失を被ったら1%の損失。

レバレッジ5倍で5%の損失。

レバレッジ10倍で10%の損失。

ヘッジ・ファンドは年間20%のリターンを上げたら良しとされる。

一つのディールで10%の損失を被る訳には行かない。

現在のドル高&円安が投機の力だけで起きたとは思わないが、Enough is enough(行き過ぎだ。)と当局が思うのなら介入でぎゃふんと言わせれば良い。

20~30%の損失を被ったら投機筋はドル・円から手を引くであろう。

片や100円前後でドル買い&円売り介入でたっぷり買い込んだドルを145円前後で売っての凡そ50%もの利が乗った利食いのドル売り&円買い介入、片や息を飲みながらの恐る恐るのドル買い。

どう見ても後者の分が悪いと思うのは天邪鬼の筆者だけであろうか?

依然としてファンダメンタルズ(そして一部は投機マインド?)に則ったドル買い&円売り意欲と介入警戒感との綱引きが続こうが、当面は介入当日のレンジでもある140円~145円のレンジを意識しながら高い所では買わず、低い所では売らないDefensive(防御的)戦略で行きたい。

世界同時株安に象徴される世界的なリスク・オフの動きは何れドル安&円高の動きに火を

付ける可能性が有ることを頭の片隅に置いておきたい。

余談

余談であるが、先週円安の憂き目を痛感した。

5年ぶりにシンガポールに出掛けたが、物価高と円安でとんでもない経験をした。

孫達が好きな、紅茶で有名なTWGのトリュフ・チョコレートを買おうとしてたまげた!

5年前はこのチョコレートが30シンガポール・ドルで、為替レートが1シンガポール・ドル=80円であったから30ドル×80円で2400円。

決して安くはないが美味しいのだ。

今回は値上がりして40シンガポール・ドルになっており、為替レートも1シンガポール・ドル=100円へと円安が進んでおり、何と40ドル×100円=4000円ではないか?

何と(4000円-2400円)÷2400円≒67%もの値上がりである。

冗談ではない。

高くて悔しいがお土産だから、買ってやらなければならない。

ホテル代然り。

日本に居て円で稼いで円で物を買っていれば”円安、円安!”と騒ぐ程でもないが海外に行って円を使うととんでもない思いをする。

かつては我が国は輸出大国とやらで円安を良しとしたが、今や貿易収支の赤字が1年以上も続き円安がかえって弊害となっている。

我々庶民にとっては円安は輸入物価の上昇=一般消費物価上昇の元凶で、ちっとも良いことは無い。

どんどんドル売り&円買い介入を行って、投機筋をぎゃふんと言わせてやればいい!

酒匂隆雄 (さこう・たかお)

酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。

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