酒匂隆雄の「為替ランドスケープ」 

酒匂隆雄の為替ランドスケープ 2023年8月号

2023/08/01

為替市場における夏相場が荒れ模様となるか注目が集まっています。先週の日米欧の中央銀行による政策決定会合では利上げが行われ、市場は大きく反応しました。日銀の会合後にも異変が起き、ドル・円相場は激しい変動を見せました。今後の金利政策や為替市場の展望を見据えながら、投資家たちは夏相場の行方に不安を抱えています。

荒れる夏相場となるか?

先週日米欧の中央銀行による政策決定会合が開催され、市場の予想通りにECB・FRB共に0.25%の利上げを決定した。

25日から26日に開催されたFOMCでは市場予想通りに全会一致で0.25%の利上げが行われ、声明文では成長に関して「Modest(控えめな)」から「Moderate(適度な)」にやや上方修正されたが、前回の声明文から大きな変化は無かった。

会合後の記者会見でパウエルFRB議長は、次回9月の会合で政策金利を据え置くのか、それとも追加利上げに動くのかはデータによって決まり得ると説明し、それを受けて長期金利は下げ、ドル・円相場も140円台割れまで下落した。

ダウ平均株価は36年半ぶりとなる13日連続で上昇してFOMC後の結果として、金利低下=株価上昇=ドル下落となった。

木曜日に開催されたECB理事会においても市場予想通りに0.25%の利上げが決定され、理事会後の記者会見でラガルド総裁は“9月以降の決定についてはオープンな姿勢で臨む。”と此方もFRBと同じく次回9月の会合で政策金利を据え置くのか、それとも追加利上げに動くのかはデータによって決まり得るとした。

これを受けてドイツDAX、イギリスFTは大きく上昇してユーロは下落して前日のFOMC後のニューヨーク市場の動きを踏襲した形となった。

日銀政策決定会合最終日の28日金曜日の朝に異変が起きた。

日本時間の朝2時過ぎに日経新聞の電子版が、“日銀、金利操作を柔軟運用。上限0.5%超え容認か?”と伝えて市場の少数しか期待していなかったイールド・カーブ・コントロール政策の変更の可能性を伝えて、ドル・円相場は141円台から139円台のミドル迄急落した。

イールド・カーブ・コントロール政策の変更であればもっと円高が進んでも不思議ではないと思われたが、市場は正式な日銀政策決定会合結果を見極めようと139円を挟んでの取引となったが、午後12時20分に決定会合の結果が発表されるととんでも無い事が起きた。

決定会合の結果が出る前は139.20近辺で静かに取引されていたドル・円相場が、僅か1分の間にあっと言う間に141.05迄急上昇した後、数秒後には138.47迄急落してしまい、何が起きたのか分からなかった。

138.47迄急落した数秒後には再び141.08迄急騰し、その数分後には又当日の安値となる138.07迄急落してもうこれは尋常な相場展開とは言えない状況に陥った。

下は28日午後12時20分に139.20から141.05迄急騰した後、138.47まで急落し、又直ぐに141.08迄急騰、そして又138.07まで下落した生々しい相場展開を記録したドル円5分ローソク足チャートである。

2023年7月28日 12:20 ドル円5分ローソク足チャート

日銀政策決定会合では、

1)長期金利をマイナス0.1%、長期金利を0%とするイールド・カーブ・コントロールは維持する。
2)長期金利の変動幅はプラス・マイナス0.5%に維持しつつ、それを目途とする。
3)日銀が国債を無制限に買い入れて長期金利上昇を抑える指値オペの水準を0.5%から1.0%に引き上げる。
4)2023年度の物価見通しを2.5%、2024年度を1.9%、25年度を1.6%とする。

とした。

昨今の為替市場ではAI.やアルゴリズムが活躍してニュースのヘッドラインに過剰に反応する傾向が有るが、発表後にこれらが1)と2)に反応して市場のショート・ポジションのストップ・ロスを巻き込んで141.08迄買い上げ、数秒後には今度は直ぐに3)と4)に反応して市場のロング・ポジションのストップ・ロスを巻き込んで138.47迄売り下げたのであろう。

生身の人間ではこの様なオペレーションは行わない。

結局ドル・円相場はその後はじりじりと値を上げて141.16で週を終えた。

植田日銀総裁は会合後の記者会見で、“1.0%超の金利上昇は想定しておらず、念の為のキャップに過ぎない。今回の決定により金利政策を柔軟化して政策の持続性を高める。”として基本的には現状の政策を続けていくとしたが、“為替市場への影響も考えた。”として、永らくの緩和政策による円安についても触れた。

本日から8月に入り本格的な夏休みシーズンとなるが、その前に出尽くし感は有るものの、今回の決定で日本の長期金利上昇の可能性は高く、ここからの大幅な円安進行は考え難いと思うのだが、週明けの外国為替市場では一段の円安が進み、142.80台までドル高&円安が進んでいる。

今回の日銀の政策決定会合後に大きく円安、そして次は円高に振れた様に市場のボラティリティーが急増している。

8月は日米欧の政策決定会合は開催されず、次回は日銀が9月21日~22日、ECBが9月14日、そしてFOMCが9月19日~20日に開催予定である。

各国の金融政策に関しては2ヶ月の空白期間に入るが、ここ数日の市場の動きを見ても分かる様に8月は意外に大荒れの相場になるかも知れない。

ドルの上昇要因としては依然として存在する日米金利差が挙げられるが、逆にドルの下落要因としては将来的な金利差縮小の思惑(FRBが利上げを中止し、何れ利下げに転じる。日銀がマイナス金利を止めて緩和政策から引き締め政策に転じる。)を先取りして市場がドルに対して弱気になることが挙げられる。

シカゴ・IMMの投機筋も多少減ったとは言え、依然として円の売り持ち(ドルの買い持ち)ポジションを維持しており、これらのポジションの解消が始まるとドル安&円高に拍車が掛かるかも知れない。

日銀政策決定会合後、日本10年物国債利回りは一時2014年6月以来約9年ぶりの高水準となる0.605%まで上昇した。

日本国債10年物利回り 日足

日銀が更に利回りが0.7%~0.8%程度まで上昇することを許容し、円安進行が止まる様であれば政府、財務省、そして日銀共にハッピーなのではなかろうか?

暫くは140円辺りを中心としたレンジ取引を想定し、秋以降のドル安&円高進行に備えると言う戦略は如何であろうか?

酒匂隆雄 (さこう・たかお)

酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。

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