鈴木雅光の「奔放自在」

いよいよ本格的に資産運用を考えなければならない時期に来たのかも知れない

2023/04/14

日本人はこれまで資産運用をほとんど考慮せずに済んできましたが、インフレリスクが高まる現代では資産運用の重要性が増しています。今回の記事では、日本人が資産運用を考える必要性や、その背景について解説しています。

このところ、投資関係のウェブサイトを中心に、「新しいNISA」に関する記事が増えてきました。

振り返ると、2019年に金融庁の諮問機関である金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書で、「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円となっている。この毎月の赤字額は自身が保有する金融資産より補填することになる」。「収入と支出の差である不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1300万円、30年で約2000万円の取崩しが必要になる」という文面だけを切り取り、「公的年金があるのに2000万円も不足する!」「公的年金だけでは老後の生活が出来なくなる」などと、多くのメディアが騒ぎ立てたあたりから、資産運用に関心を持った人が増えてきたのかも知れません。

これはネガティブな材料ですが、警察庁が毎年公表している「生活経済事犯」の統計を見ると、「利殖勧誘事犯」といって、投資を騙った詐欺事件に関連する相談件数が、年々増加していますが、これはまさに資産運用に対する関心が高まっていることの裏返しとも言えます。

一方、2022年第4四半期の資金循環統計によると、2022年12月末時点における個人金融資産の総額は、2023兆円になりました。そのうち1116兆円が現金・預金で占められています。相変わらず、日本は現金・預金主義の人が多いと言われる証左でもあるのですが、なぜなのでしょうか。

よく言われるのは、「日本人は保守的だから」とか、「農耕民族だから狩猟型の投資には向かない」などと、データによる根拠のない理由ばかりが語られますが、恐らくいずれも的外れです。

恐らく、これまで日本人は資産運用などを考えなくても良い時代を過ごしてきたのではないでしょうか。

資産運用をする最大の目的は、インフレリスクをヘッジするためです。

しかし過去を振り返ると、私たち日本人の多くは、インフレリスクをヘッジするための資産運用を必要として来なかったのかも知れません。

終戦直後のハイパーインフレを除き、日本の物価が大きく上昇したのは第一次オイルショックの時でした。1973年の日本の消費者物価指数は11.5%、1974年は23.2%、1975年は11.7%というように、2ケタの上昇率が続いたのですが、1970年代の半ばまで、郵便局が扱っていた定額貯金(10年物)の利率は10%超もありましたし、加えて給料の伸び率が非常に高かったのです。具体的な数字を挙げて比較すると、1970年から1975年までの消費者物価上昇率が年平均11.4%だったのに対し、現金給与総額の伸び率は年平均18.7%でした。

また1975年から1980年までを見ても、消費者物価指数の上昇率が年平均6.7%だったのに対し、現金給与総額の上昇率は年平均7.9%だったのです。

つまり物価は上昇しましたが、それを上回る率で給料が増えたのです。だから、インフレによって実質的に収入が減り、貧しい思いをするという経験をせずに済んだのです。

では、バブルが崩壊してからはどうだったのでしょうか。

1990年以降、日本はバブル崩壊による金融不安、長期的な不景気によって株価は暴落し、会社員の給料がほとんど伸びませんでした。国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、日本人の平均給料は、1996年に472.1万円でピークをつけ、2018年は433.3万円へと目減りしています。平成の30年間を通じて日本人は、少なくとも給与の面では豊さを実感できない時間を過ごしたのです。

それでも多くの日本人が、資産運用で保有資産を増やそうという気にならなかったのは、物価がほとんど上がらず、時には前年比でマイナスになるデフレ経済に直面していたからです。

2015年基準の消費者物価指数(総合)を見ると、1989年度の89.3に対し、2018年度のそれは101.4ですから、平成30年間における年平均で見ると、年0.45%しか上昇しませんでした。

デフレに経済の下では、運用せずに現金を持っているだけでも、お金の価値は目減りせずに済みます。だから日本人は30年もの間、現金・預金ばかりで金融資産を持っていても、何ら問題なく、やって来られたのです。

でも、恐らくこれからはそんなに悠長なことは、言っていられなくなります。

消費者物価指数のうち、「生鮮食品を除く総合」の数値を見ると、2023年1月が前年比で4.2%の上昇となりましたが、2月は3.1%へと若干低下しました。日銀の見通しによると、2024年は平均で1.6%の上昇まで落ち着くとのことですが、潜在的なインフレ要因は残っています。

たとえばウクライナとロシアの紛争は資源・エネルギー価格の上昇要因ですし、米国は世界中にデフレを輸出してきた中国を、サプライチェーンから外そうとしています。中国でモノを作らないようになれば、安い労働コストを活用できなくなる分だけ物価に上昇圧力がかかります。

さらに日本においては、円安が物価上昇要因になります。今のところ1ドル=130円台で推移している為替相場も、昨年は瞬間、1ドル=151円まで円安が進みました。再び円安の動きが強まれば、資源・エネルギーや食糧の多くを海外からの輸入に頼っている日本においては、輸入物価の上昇につながります。

このように考えると、これからの時代、現金と預金に金融資産を集中させ続けると、インフレによって資産価値が目減りするリスクに直面する恐れがあります。だからこそ、資産運用を真剣に考える必要があるのです。

鈴木雅光(すずき・まさみつ)

金融ジャーナリスト
JOYnt代表。岡三証券、公社債新聞社、金融データシステムを経て独立し(有)JOYnt設立し代表に。雑誌への寄稿、単行本執筆のほか、投資信託、経済マーケットを中心に幅広くプロデュース業を展開。

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