
国内外の銀行で為替ディーラーとして活躍され、その華麗な取引手腕から「貴公子」と称された酒匂隆雄さん。為替ディーラーの第一人者の顔とは別に、レーシング、海外旅行、ワイン・グルメに温泉旅行と、様々な趣味をお持ちで、人生を楽しく過ごすことに関しても一流人です。
このコンテンツでは、楽しい話題や日々の生活、たまには為替マーケットについて語っていただきます。
まず、真面目な為替の話。
ドル・円相場は相変わらず落ち着きの無い動きをしている。
先週も先々週の動きと似た様な、"株価が下がればリスク・オフの動きで円が買われ(ドル/円が下がる)、株価が上がればリスク・オフの動きが鈍って円が売られる(ドル/円が上がる)"という動きが見られた。
王道のファンダメンタルズやテクニカル分析は余り役立たず、夜中はダウ平均株価、そして日中は日経平均株価を見ていれば、まあそんなに難しい相場展開ではなかった。
注目の上海総合指数は、木曜日と金曜日が抗日70年戦勝記念日(何で建国66年の国が70年の戦勝記念日を持つのか訳が分からない)とやらで上海株式市場がお休みだったので静かであった。
相変わらずチャイナ・リスクには要注意であり、今週はドル・円相場は下サイドの動きに注意したい。

つい数年前までは「趣味は?」と聞かれると胸を張って「車、ゴルフ、そしてワインです」と答えていたが、最近は前者の二つはさっぱりになってしまった。
まず車であるが、昔はA級ライセンスを保持していてしょっちゅうサーキットに出掛けていたのだが、50歳を超えると毎年健康診断書を出さなくてはならず、面倒臭いので止めた。
3年前までは年に一度ドイツのニュルブルクリンク・サーキットに出掛けてM3.に乗ってドライビング・スキル(運転技術)を維持しようとしていたのだが、このニュルブルクリンク・サーキットは「世界で一番危険なサーキット」と呼ばれて年に50~60人もの人達が事故死する。
日本でこれだけ事故死すると大問題になるのだろうが、ドイツはすべて自己責任。"速い車を持っていて、運転に自信があるのなら、どうぞご自由に速く走ってください。その代わりどうなっても(たとえ死んでも)知りませんよ"という事である。

ご存知の様に、ドイツの高速道路には速度制限が無い。
上と同じで、"どうぞ自己責任でいくらでも速く走ってください"で、確かに追い越し車線を200キロ以上でポルシェ、メルセデス、BMW、アウディ、そして目を見張る様なスポーツカー(ランボルギーニ、フェラーリ、ヴェイロン、etc.)がびゅんびゅん追い越していく。
我が国と違って追い越し車線を遅い車が走っている事は無い。追い越し車線は猛スピードで追い越して行く車しか走っていないし、運転のマナーは我が国のそれとは全く違う。
日本では下手をすると追い越し車線の車の数が多かったりする。追い越し車線だけをたらたら走るのは道路交通法違反ですからね。追い越したら走行車線に戻りましょう。
ニュルブルクリンク・サーキットで事故死が多いのは、サーキット上にほとんどエスケープ・ゾーンと呼ばれる逃げ場が無く、ミスをするとそのままガードレールに激突して大事故になってしまうからである。
怖いですよ!!!!

そして3年前であるが、確か220キロで走っていて緩いカーブで生まれて初めて恐怖を覚えたのである。きついカーブだと減速するのでかえって安全なのだが、緩いカーブだとついついオーバースピードで進入して曲がり切れなくなってしまうのである。
車の運転で恐怖を覚えたらもう終わり。だんだんアクセルが踏めなくなり、ブレーキングしなくていいポイントでついブレーキを踏んでしまう。帰国した途端に所有していたレーシングカーを街乗りにデチューンされたNISMO 380RS.を売却して車から足を洗った。そして今はまあまあ速いスバル・インプレッサ・STI.と孫のアッシー車の同じくスバル・エクシーガに乗っている。

次はゴルフだが、かつてはハンディキャップが10までいって、もう少しでシングルになる所であったが、それをピークにして後はただ下手になっていくだけだった。要するにドライバーの飛距離が落ちてティー・ショットが飛ばず、2打目、3打目を無理して打つためにスコアが悪くなるだけになった。
まあ、"飛ばず、寄らず病"を患ってしまい、甚だゴルフが面白くなくなってしまった。ゴルフは付き合いがあるので完璧に止める訳にいかず、しぶしぶ続けているが、まあ更に落ちていくだけなんでしょうな?
というわけで、現在の趣味という趣味はワインだけになってしまったが、こちらは長くなりそうなので来週書く事にいたしましょうか。

酒匂隆雄 さこう・たかお
酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。
