日本の「ボッタクリ」で始まった日米貿易
2026/07/05
> 今ならお肉かお米が貰える!?
「欠乏所」とあるのは外国人が必要な物(欠乏している物)を売るという場所であった。
説明文の通り、「欠乏所」では日本国内価格より高く、通貨交換比率は円高設定。幕府は3割を税として徴収した。
現在は「円安・インバウンド・税収最高」だが、当時は「円高・インバウンド・高率税」でもっとホクホクだったらしい。
石碑は私がトンビに襲われた了仙寺(日米和親条約締結の場)に近い、平野屋さんというレストランの敷地にある。 横浜と並び、下田もハリス領事が駐在したので為替や貿易の資料が残る。1ドル0.25円のところを1ドル1円にしたハリス領事だが、幕府には金の流出のリスクは伝えていたが、それでも幕府は1円にこだわったそうだ。




> 今ならお肉かお米が貰える!?

