
移り変わりの早いマーケットの世界においてはすでに古い話になりつつあるが、3月の株価急落直後から、投資系のメディアでは「株価が急落している時にやってはいけないこと」といったタイトルの記事が急増した。
では、何をやってはいけないのか。その最たることは「慌てて売却する狼狽売り」であり、投資信託などの積立投資をしている人であれば「積立を止めてしまうこと」だと言う。
つみたてNISAがスタートしたのは2018年1月、個人向け確定拠出年金に「iDeCo」の愛称が与えられ、第三号被保険者や公務員にも確定拠出年金加入の道が開かれたのが2017年1月だから、こうした新制度の下で投資信託などの積立投資を始めた人にとって「コロナショック」は、初めて経験する株価急落だった。どう対処したら良いのか分からず、ひたすら下げる株価を見て不安な気持ちになった人も少なくなかったと思う。そんな不安で一杯の時に「積立を止めるな」などと言われても、疑心暗鬼になるだけかも知れない。
では実際にはどうなのだろうか。
結論から申し上げると、積立投資をしてきた人は、それを続けることによって報われる可能性は高くなる。実例を見てみよう。
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グラフ1は2019年11月から2020年5月まで、月末に日経平均株価を1万円ずつ積立購入した場合のシミュレーションだ。この間に7回積立購入することになるので、合計の積立元本は7万円になる。
この間、月末ベースの日経平均株価がどう推移したのかだが、積立投資をスタートした2019年11月末が2万3293円で、2020年3月末はコロナショックを受けて1万8917円まで急落。5月末には2万1877円まで回復した。とはいえ、積立投資を始めた2019年11月末の水準にはまだ達していない。
したがって、たとえば2019年11月末に7万円を一括投資した場合は、5月末時点でもまだ損失が生じている。正確に計算すると、投資元本7万円に対して、5月末時点の時価評価額は6万5745円だ。
では、2019年11月末から毎月1万円ずつ積立した場合はどうなるか。この場合、積立元本は7万円だが、時価評価額は7万815円で僅かながら利益が生じている。
なぜこのようなことになるのかというと、毎月1万円ずつ定額購入しているからだ。
たとえば日経平均株価を1万口あたりの価格として考えてみよう。2019年11月末は1万口あたり2万3293円だから、1口あたりの価格は2.3293円であり、7万円で一括購入した場合の総口数は3万51口になる。
これに対して毎月1万円ずつ定額購入した場合の口数は、日経平均株価が下落した時ほど購入できる口数が多くなる。2019年11月末に1万円で買える総口数は4293口だが、日経平均株価が大きく下落した2020年3月末に買える総口数は5286口だ。結果、7カ月間、毎月1万円ずつ購入した場合の総口数は3万2368口で、2019年11月末に7万円で一括購入した場合に比べて2318口も増えている。この部分が、再び株価が上昇した時に効いてくる。つまり口数が増えている分だけ、損失回復が早まるのだ。
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だから株価急落に直面したとしても、慌てて積立投資を止めたり、あるいは全部を売却したりするのではなく、とにかく積立投資を続けるのが、長い目で見てリスクを抑えることにつながるのである。
日経平均株価といえば、1980年代後半のバブル経済を知っている人は、1989年12月末につけた3万8915円という史上最高値を覚えていると思う。2020年5月末が2万1877円なので、1989年12月末に日経平均株価を買った投資家は、今もかなりの損失を抱えていることになるが、もし1989年1月から2020年5月までの377カ月にわたって毎月1万円ずつ積み立てていくと、ある程度の利益が得られる。
計算すると、377カ月間の積立元本は377万円だが、2020年5月末時点の時価評価額は555万1830円であり、この両者の差額が投資収益になる。あの日経平均株価でさえ、毎月一定金額で積立投資を続ければ、時間はかかるが、ある程度の利益が実現するのだ。
ただ、誤解のないようにしてもらいたいのが、この結果を見て「積立投資は価格変動リスクを軽減させる」と思わないことだ。いくら定額積立投資を続けたとしても、長期的に下がる一方の相場だったら、やはり損失を被ることになるし、リーマンショッククラスの株価急落に直面すれば、目先的には大きな損失を被ることになる。
実際、リーマンショックで株価が急落した後、2009年2月時点での積立元本額242万円に対する積立時価評価額は118万2796円まで落ち込んだ。もしこの時点で「や~めた」といって積立投資を諦めてしまうと、損失が実現してしまう。
だからこそ積立投資をする場合には、長期で継続できるように無理のない金額を設定する必要があるのだ。

金融ジャーナリスト
鈴木雅光(すずき・まさみつ)
JOYnt代表。岡三証券、公社債新聞社、金融データシステムを経て独立し(有)JOYnt設立し代表に。雑誌への寄稿、単行本執筆のほか、投資信託、経済マーケットを中心に幅広くプロデュース業を展開。
