
国内外の銀行で為替ディーラーとして活躍され、その華麗な取引手腕から「貴公子」と称された酒匂隆雄さん。為替ディーラーの第一人者の顔とは別に、レーシング、海外旅行、ワイン・グルメに温泉旅行と、様々な趣味をお持ちで、人生を楽しく過ごすことに関しても一流人です。
このコンテンツでは、楽しい話題や日々の生活、たまには為替マーケットについて語っていただきます。
今年も残すところあと2週間足らず。歳を取るにつれ、まあ時間が経つのが速い感じがする。12月は師走と言うが、『普段は落ち着いている先生(師)までもが走り回るほど忙しくなる』と言う意味らしい。
筆者は現役銀行員時代は為替業務を本業とし、現在は僅かながらの自分の余裕資金を原資としてFX(個人投資家を対象とした為替取引)を行っているが、基本的には12月になると取引を控える傾向が有った。
理由は簡単で、欧米市場の市場参加者はクリスマスを控えた12月をFestive season(お祭りの季節)と言って取引を控えてのんびりする傾向がある。
言い換えれば市場参加者数が減る訳で、その結果市場のLiquidity(流動性)が減少する。流動性が減れば少しの金額で相場が大きく動くことになり、当然Volatility(変動率)が増加する。
上手く相場の流れに乗れば大きく儲けることが出来るかもしれないが、逆に流れに逆らってしまうと大きく損をする危険がある。

筆者は外資系の銀行に勤めていたが、日本のほとんどの会社や銀行が会計年度を4月から翌年3月までとしているのと違って、1月から12月までが会計年度である。1月から『ヨーイドン』と取引を始めて12月が終わった時点でのパフォーマンスに応じてボーナスを貰う(あるいはクビになる)。儲けたディーラーはその額に応じてボーナスを貰い、損をしたディーラーはお払い箱になる。まあプロスポーツ選手の年間契約みたいなものである。
ディーラーには経験と責任に応じて予算があり、予算を達成してそれ以上に利益を上げればもっとボーナスを貰える。当然チーム全体にも予算があり、それに対してのボーナス予算がある。これをボーナス・プールと呼ぶ。11月も終わる頃になると大体ボーナス・プールから幾らを誰にやろうかと言う事を決める。ボーナス・プールが増えることは稀で、各ディーラーへのボーナス額が変わることも稀である。
ところが、である。
もし12月の変動率の大きい相場で大博打を打ってたまたま大儲けをしたらどうなるか?ボーナス・プールは決まっているのだから、決まった以上の大盤振る舞いは出来ない。もし12月の変動率の大きい相場で大博打を打って大損をしたらどうなるか?
折角ポケットに入れていた利益を減らしたのだから怒られて、下手をするとボーナスを減らされる。ディーラーも馬鹿ではないからそんなことはしない。だから積極的には取引しない。よって「流動性が減る=変動率が増える」と言う図式になるのである。
だが、今年はちょっと様子が違う。
12月15日から米国においてFOMCが開催されており、日本時間の12月17日早朝に利上げを行うかどうかの発表がある。利上げは殆ど決まり事になっており、焦点は来年どの様なペースで利上げを行うかに掛かっていて意見は色々分かれている。そしてその思惑によって利上げ決定後のドル・円相場の行方の意見も分かれる。
毎朝見ているテレビ東京のモーニング・サテライト(かつては筆者もレギュラー出演者であった)の月曜日のコーナーで、著名な為替ディーラーに「FOMC後のドル・円相場をどう見るか?」と言う質問をしたら一人は124円と言い、もう一人は118円と言った。
こんなに見方が分かれるのは珍しい。124円と言ったディーラーは「米国は金利を上げ、日本は低金利継続なんだから金利差が拡大してドル・円相場は上がる」と言い、118円と言ったディーラーは「金利差拡大の思惑でここ3年間に50%も円安になったではないか。材料出尽くしで円高に反転する」と言う。
難しいですね。明日の今頃は円安になっているか、それとも円高になっているかは分からないが、今年は珍しく筆者も依然として臨戦態勢で固唾を呑んで見守っている。

酒匂隆雄 さこう・たかお
酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。
