
国内外の銀行で為替ディーラーとして活躍され、その華麗な取引手腕から「貴公子」と称された酒匂隆雄さん。為替ディーラーの第一人者の顔とは別に、レーシング、海外旅行、ワイン・グルメに温泉旅行と、様々な趣味をお持ちで、人生を楽しく過ごすことに関しても一流人です。
このコンテンツでは、楽しい話題や日々の生活、たまには為替マーケットについて語っていただきます。
先週、勇士(有志とも言う。)が集まって『特攻隊を偲ぶ会』と言う2泊3日の旅に出掛けて来た。
初日は鹿屋にある海上自衛隊航空基地資料館、二日目は知覧特攻平和会館、三日目は万世特攻平和祈念館を訪れて、その地にある特攻隊員の遺書、資料をつぶさに見て回ったが、正に戦争の悲しい事実の集約であり多くの若人が終戦のたった3ヶ月前くらいからお国の為に命を捧げた事が哀れで仕方無かった。
数百、数千の遺影が飾られていて多くが未だあどけない顔をしているが、例外無く『良い顔』をしている。
ほら、テレビのニュースでよく見る警察に捕まった悪党どもは皆見るからに『悪い顔』をしているじゃないですか?その逆なんです。
それと遺書の字が真に奇麗である。達筆である。この年になっても未だにミミズが這ったような汚い字しか書けない筆者は自分が恥ずかしくなった。
最近よく成人式で若者が騒いで面白がっていたり、暴走族とやらが迷惑を顧みずに無茶をしたりしているが、こいつら全員の首に縄を掛けて連れて来て同じ世代でお国の為に死んでいった方々の遺書を見せて「お前ら、何を考えているんだ!」と怒鳴りつけてやろうかと、ふと思った。
現在NHKの大河ドラマ『せごどん』が流行っており、行き帰りの飛行機も殆ど満席であったが、今回の鹿児島訪問は『特攻隊を偲ぶ。』ことだけが目的で所謂物見遊山は皆無であった。
誰かが『開聞岳を見たい!』と叫んだが、直ぐに却下された。
筆者の両親は鹿児島出身で本籍は今も鹿児島のままである。
折角の鹿児島帰りでもあるので二日目の出発前、他の皆さんが朝食を取っている間に両親の墓参りと叔父、叔母を訪ねる事が出来て幸せであった。
指宿を拠点にしての旅であったが初日は秀水園で、此処はプロが選ぶ旅館百選料理部門において33年連続第一位を獲得している和食会席が有名である。
そして二日目は白水館で、此処は大浴場の元禄風呂や砂蒸し温泉が有名であるが焼酎好きには堪らない『森伊蔵』を飲ませてくれることでも有名である。
勿論、『森伊蔵』を沢山頂いた。普段余り焼酎は飲まないが『森伊蔵』は別格でありました。最終日の三日目、出発寸前に主催者の友人である白水館の社長さんに『是非とも薩摩伝承館を見て行きなさい。』と勧められて凡そ1時間ほど見学したがその展示品は凄い!
現社長と先代の社長が集められたそうだが、ついつい『出張なんでも鑑定団に見せたら,一体なんぼくらいするんだろうか?』と下種な事を考えてしまったのは、悲しい貧乏人の性か?
温泉に浸かり、美味しい物を食べ(鹿児島は味付けが甘いですよ!酒飲みには辛いかも知れないが焼酎には妙に合うんだな、これが。)、焼酎をたらふく飲んで帰途に就いたが鹿児島飛行場のJALカウンターで『せごどん』の原作者である林真理子さんを見掛けたが、本人であるか自信が無い。
JALの人に聞いたら『取材で鹿児島にいらしてたみたいです。』と言うので間違いなくご本人であったのであろう。昨年末のワインのオークション会場で声をお掛けした事が有るので向こうもこちらを気にしていた。(様な気がした。)
狭い世の中である。
『せごどん』のお陰で鹿児島ブームと言われるが、鹿児島にいらっしゃるのなら是非とも何方かの特攻隊記念館を訪ねる事をお勧めします。人生観が変わるかも知れません。

酒匂隆雄 さこう・たかお
酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。
