
新たなリスク要因
11月は米国経済の堅調さを表すとも言える諸々の経済データ(10月の雇用データ、小売売上高など)や、31年ぶりとなる高い消費者物価指数の発表を受けて10月からの流れを受けた堅調な株価、長期金利の上昇、そしてドルが買われると言う典型的なリスク・オン(投資家が好んでリスクを取って新たな投資に走る。)相場となっていた金融市場であるが、11月26日(金)、世界の金融市場に震撼が走った。
東京市場が始まる午前8時頃に南アフリカに於いて新型コロナ・ウィルスの変異型(後程オミクロンと命名された。)が発見されたと言うニュースが流れ、一気にリスク・オフ(投資家がリスクを取る事を逡巡し、既存の債権の売却を図り新規投資を控える。)相場へと転換した。
オミクロン発見のニュースが出た前日の11月25日(木)、そして当日の11月26日(金)の為替、債券、株式の数字を比較してみよう。
(日経平均株価は東京市場、その他はニューヨーク市場の終値である。11月25日はニューヨーク株式・債券市場がサンクス・ギビング・デイで休場であった為、11月24日のデータを使用した。)
11/25 | 11/26 | |
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ドル・円 | 115.34 | 113.29 (-1.7%) |
ユーロ・ドル | 1.1205 | 1.1320 (+1.0%) |
ユーロ・円 | 129.27 | 128.32 (-0.7%) |
ポンド・ドル | 1.3316 | 1.3324 (+0.0%) |
ポンド・円 | 153.64 | 151.04 (-1.7%) |
豪ドル・ドル | 0.7188 | 0.7113 (-1.0%) |
豪ドル・円 | 82.91 | 80.64 (-2.7%) |
日経平均 | 29,499.28 | 28,751.62 (-2.5%) |
NYダウ | 35,804.38 | 34,899.34 (-2.5%) |
ナスダック | 15,845.23 | 15,491.66 (-2.2%) |
S&P | 4,701.46 | 4,594.62 (-2.3%) |
米国10年債利回り | 1.642% | 1.481% (-0.161%) |
この1日の相場の変化をまとめると、
-リスク・オフとなって安全通貨と目される円が買われ、対ドル、対主要通貨で円全面高となった。
-安全資産である米国債券が買われ、長期金利が大きく下落した。
-リスク・オフに最も敏感な株価は日米両市場で2.2%~2.5%の大きな下げを演じた。
実はもう一つ大きく下げた物が有る。
それは原油価格で、前日比10ドル以上(13%)下げて68.15ドルで週を終えた。
備蓄石油の放出を決めたバイデン大統領はこの下落を見てさぞかしほくそ笑んでいるであろうが、実は価格の下落はそれによるものではなく、オミクロンによって再び世界中の人的、及び物流の流れが滞ることを懸念してでのことである。
案の定幾つかの国が外国人の入国を禁止したり、入国制限強化に乗り出した。
我が国も11月30日の午前0時を期して全世界からの外国人の入国停止を決めた。
恐ろしいのは、このオミクロンについてその毒性が強くて重症化リスクや致死率が高いのか、既存のワクチンが効くのかと言うことが全くと言う程分かっていないことである。
少なくともオミクロンの伝搬能力と速度が物凄く早いことは分かっており、南アフリカの近辺諸国やヨーロッパ幾つかの国々、そして香港やオーストラリアそしてついに我が国でもオミクロン陽性反応者が発見された。
週が明けてからオミクロンに対して楽観、悲観の意見が飛び交い、その度に為替相場、株価、そして金利が乱高下している。
市場の混乱、或いは不安を増長させているもう一つの要因はFRB.による金融政策スタンスの変化である。
前回のFOMC(連邦公開市場委員会)に於いて11月からのテーパリング=(中央銀行が金融緩和政策から脱却する過程で採用する出口戦略の一つで、量的緩和策による資産買い入れ額を徐々に減らしていくこと。)が決定されたが、底堅い景気と物価上昇を見てテーパリングのペースを早めると言う意見が出だした矢先にこのオミクロン問題が勃発した。
オミクロンに対しての楽観論に則れば今のままテーパリングのペースは早まり、米国長期金利は上昇してドルもそれに従うであろう。
株価にはネガティブ(否定的、後ろ向き、消極的)である。
逆にオミクロンに対しての悲観論に則ればテーパリングのペースは遅くなり、米国長期金利は下落してドルもそれに従うであろう。
株価にはポジティブ(肯定的、前向き、積極的)である。
こう言った状況では大きなリスクは取り難い。
オミクロンに関するニュースのヘッド・ラインに留意したい。
予断であるが、先週の金曜日はブラック・フライデイと言って前日の感謝祭(サンクス・ギビング・デイ)の売れ残り商品のセールと共に大規模な安売りが実施される。
買い物客が殺到して小売店が繁盛することでも知られており、店が大きく黒字を出すので何時からかこの日はブラック・フライデイ(黒字の金曜日)と呼ばれだした。
このブラックは黒字の黒のブラックである。
我々金融界に居る者にはもう一つブラックが付く馴染みの言葉が有る。
これは1987年10月19日(月)ニューヨーク株式市場で株の大暴落が発生し、この日の事をブラック・マンデイ(暗黒の月曜日)と呼ぶのである。
このブラックは暗黒のブラックである。
そして先週の金曜日、突然ブラック・フライデイ(黒字の金曜日)が違った意味のブラック・フライデイ(暗黒の金曜日)へと豹変した。
同じブラックでもその中身は途轍もなく違うものである。
今回のブラック・フライデイ(暗黒の金曜日)で手ひどい目に遭った投資家も多いが、12月に入って参加者の減少と共に市場の流動性は減り、同時にヴォラティリティー(変動率)は増す。
言い換えれば相場の思わぬ急変に見舞われることが有る。
何時もよりもリスク管理に留意したい。

酒匂隆雄 さこう・たかお
酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。
トレードトレードブログ:
酒匂隆雄が語る「畢生の遊楽三昧」
