
長期金利下落の怪
6月15日から16日に掛けて注目のFOMC(連邦公開市場委員会)が開催され、FRB(連邦準備制度理事会)の政策金利であるF.F.レートの目標誘導レンジを0~0.25%に維持することを決定し、労働市場の状況がFOMCの最大雇用の評価に一致する水準に達し、インフレ率が2%に上昇して当面の間2%をやや超えるような軌道に乗るまでこの目標誘導レンジを維持することが適切だとした。
ドット・チャート(金利予想分布)では、2023年末までに少なくとも1回の利上げがあると考えるメンバーが参加者18人のうち過半数を超える13人となり、前回の7人から大きく増加した。
また2022年末までの利上げを見込むメンバーも、4人から7人に増加して全体的にタカ派的(金融緩和に消極的)な内容となり、長期金利は上昇して株価は大きく下げた。
今までは頑なにテーパリング(量的緩和策による資産買い入れ額を徐々に減らしていくこと。中央銀行が金融緩和状態から抜け出す過程で採用する出口戦略の一つ。)に関しては消極的であったパウエルFRB議長が記者会見で、テーパリングについて議論を開始する為の議論があったことを認めたことも金利上昇及び株価下落に拍車を掛けた。
FOMC直後の16日には米国2年物債券利回りは14日の0.161%から0.207%、10年物利回りは1.497%から1.580%へ上昇し、素直に政策金利であるF.F.レートの上昇予想を反映した形となり、株価は下落しドルは上昇した。
此処までは割合分かり易い動きであったが、その後不思議な現象が起こり始めた。
どういう訳か短期の2年債の利回りが上昇を続ける中、長期の10年と30年債の利回りは低下し始めたのだ。
FOMC直前の6月14日、直後の16日、そして6月30日の為替、債券、株式の数字を比べてみよう。
6/14 | 6/16 | 6/30 | |
---|---|---|---|
ドル円 | 110.08 | 109.87 (ドル高&円安) |
111.10 (ドル高&円安) |
ユーロドル | 1.2118 | 1.1997 (ドル高&ユーロ安) |
1.1859 (ドル高&ユーロ安) |
ポンドドル | 1.4105 | 1.3983 (ドル高&ポンド安) |
1.3832 (ドル高&ポンド安) |
豪ドルドル | 0.7711 | 0.7609 (ドル高&豪ドル安) |
0.7498 (ドル高&豪ドル安) |
2年債利回り | 0.161% | 0.207% (金利高) |
0.252% (金利高) |
10年債利回り | 1.497% | 1.580% (金利高) |
1.468% (金利安) |
30年債利回り | 2.185% | 2.210% (金利高) |
2.088% (金利安) |
NYダウ | 34,393.75 | 34,033.67 (株安) |
34,502.51 (株高) |
ナスダック | 14,174.14 | 14,039.68 (株安) |
14,503.95 (株高) |
S&P | 4,255.15 | 4,223.70 (株安) |
4,297.50 (株高) |
日経平均 | 29,161.80 | 29,291.01 (株高) |
28,791.53 (株安) |
※ニューヨーク市場の終値 |
何だかごちゃごちゃして恐縮であるが、この動きを簡潔に表すと、
-FOMC直後は金利高が進み、ドルが買われて株価は下げた。
米金利上昇時のセオリー通りにドルを買って株を売っていれば良かった。
日経平均だけ上げたのは不思議な現象。
-FOMCから半月が経ち、期近の2年物債券利回りは上昇を続けたが長期の10年、30年債利回りはどういう訳か下落し、FOMC以前のレベルよりも低くなった。
ドルは上昇を続け、株価も上昇に転じてナスダックとS&Pは連日最高値を更新した。
長短の債券利回り格差が縮小する"フラットニング現象"が起きて今迄の経験則が通用せず、難しい局面に直面することとなった。
ニューヨーク株式市場が活況を呈す中、日経平均だけ下げたのは不思議な現象。
FOMC後から長期の債券利回りが低下した理由として、
-長期金利上昇を見越して投機筋が債券の先物市場で売り持ちにしており、Buy on fact(事実で買う。)で買い戻した。(債券価格上昇=利回り低下。)
-債券市場は金を代表とする商品価格の下落などを見てFRB.ほどインフレに対する懸念を抱いていなく、長期金利上昇に懐疑的である。
-FRBが依然として月間800億ドルの債券を購入しており、市場は需給の観点から債券価格の下落(金利上昇)を見込んでいない。
-世界の機関投資家(中央銀行を含む。)は1.5%前後の米国10年物債券利回りを当面は魅力的と感じており、ネットで買い越しとなっている。(債券買い=債券価格上昇=利回り低下。)
などが挙げられようか?
さてこの債券利回りの行方であるが、FRBによる利上げのタイミングが前倒しとなる可能性が高まる中、10年債利回りが昨年コロナ禍で見られた1%台への下落は考えられない。
かと言って上述の様に市場の債券購入意欲が高い中、大きな利回り上昇(債券価格下落)も期待出来ない。
10年債利回りが1.5%~1.7%くらいのレンジを中心として推移するのであれば、ドル・円相場も109円~112円のレンジを大きく逸脱しそうにもないが、
ドルの上昇要因として、
-10年、30年の米国長期債利回りが上昇に転じる。
逆にドルの下落要因として、
-じわじわと拡大しつつある米国の財政赤字と貿易赤字、所謂双子の赤字に対して市場が懸念を持ち始める。
などに留意しておきたい。
ところで下のチャートは4年前からの我が国個人投資家のドル・円のドル買い持ち残高(赤い線)とドル・円相場の動き(黒い線)を表しているが、ドルが下がれば(黒い線が下に伸びる。)個人投資家はドル買いに向かい(赤い線も下に向かう。)、逆にドルが上がれば(黒い線が上に伸びる。)個人投資家はドル売りに向かい(赤い線も上に向かう。)、見事にドルを安く買って高く売っている。
我々もレンジ取引(レンジ内で安く買って高く売る。高く売って安く買う。)を意識しながら丁寧にやって参りましょう!

酒匂隆雄 さこう・たかお
酒匂・エフエックス・アドバイザリー 代表
1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で為替ディーラーとして外国為替業務に従事。
その後1992年に、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。
さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長と歴任。
現在は、酒匂・エフエックス・アドバイザリーの代表、日本フォレックスクラブの名誉会員。
トレードトレードブログ:
酒匂隆雄が語る「畢生の遊楽三昧」
