
みなさん、こんにちは。楢橋里彩です。
地区別直接選挙枠での投票率が過去最高の58%に達した「立法会議員選挙」。これは4年に一度行われる選挙で、2014年にセントラル占拠行動が発生以来初めてとなり注目されていました。今回の「香港彩り情報」では、この立法会議員選挙の投票結果から香港のこれからについてまとめました。
4年に1度行われる「立法会議員選挙」。立候補届け出は154通で、前回の137通を超え過去最高となりました。定数70議席に対し候補者は約300人に達するなど、過去にないほど競争の激しい選挙となりました。今回のポイントは民主派の議席が選挙体制改革案など重要議案の否決権を行使できる3分の1を割り込んでしまうか、また「香港民族党」など香港独立を主張・推進する一部候補者の立候補が認められなかった問題などで不利に陥っている親政府派がどこまで議席を維持できるか、という点でした。
また2014年のセントラル占拠行動後、香港を変えるために過激思想に走る若者たちが増えているなか、社会の安定を願う大多数の香港市民がどれほど投票するかが注目されていました。香港生まれの香港人(中国籍)でも、永住権をもっている外国籍の人でも有権者は事前登録が必要です。ちなみに外国人でも永住権をもっている18歳以上の市民には投票権があります。
特に66歳から70歳の有権者は前回と比べ60%(10万人)以上も増えました。高齢者は政治的に分裂した社会が安定を取り戻すことを重視しており、従来は投票に行かなかったようなサイレントマジョリティーの人たちの多くが沈黙を破って1票を投じるために立ち上がったとみられます。
投票は午後10時30分で終了でしたが、投票時間が過ぎても投票所に並ぶ人が多くいた地域もあり、午前0時を過ぎても投票が続けられるなど、前代未聞の事態となりました。
今回は地区別直接選挙枠でおよそ220万人が投票(香港の人口はおよそ720万人)、投票率は58%に達し、ともに過去最高。70議席のうち親政府派の議席は3議席減った40議席、また民主派などが30議席(3議席増)をそれぞれ獲得し、民主派などは3分の1以上を確保しました。翌5日未明からは香港国際空港に隣接する「ASIA-World-EXPO」にて開票が行われました。開票速報は会場各所に設置されているモニターで見ることができました。
日付が変わって会場入りした疲労困憊の報道陣も、睡魔と闘いながらの取材となりました。会場ではあちこちに簡易スタジオが設置され、候補者のインタビューなどが行われました。
今回初めて開票所にいきましたが、投票時間が夜10時半までだったため、開票は徹夜作業となり、すべての開票結果が出そろったのは翌日の夕方でした。投票用紙は番号にチェックを入れるだけのもので、日本のように候補者の氏名を書き込むわけでもないのですが、開票マシンを使わずに手作業で行われました。
今回特に注目されていたのが2014年9月から3か月にわたって起こった「セントラル占拠行動」の学生リーダーの1人であった「香港衆志」の羅冠聰(ネイサン・ロー)主席が5万票を獲得し、23歳という史上最年少の若さで当選したことです。事前の世論調査では落選確実だったのですが、民主派の長老である、陳方安生(アンソン・チャン)元政務長官による応援や世論調査に基づく民主派の「票配分」で、辛うじて当選を果たしたといえます。
セントラル占拠行動は内部分裂によって終焉を迎えたことが知られています。主に民主派の直系である「左謬(サヨク)」と過激な若者を中心とする「本土派」の2つに分けられます。もともと占拠行動を主導していたのはサヨク側ですが、強行手段に消極的なサヨクに不満を抱く本土派側が主導権を握って迷走したわけで、以来、両者の溝は深まっています。今回の選挙でも本土派とサヨクはそれぞれ3人が当選する結果となり、占拠行動以来の分裂は今後も尾を引きそうです。
それを象徴するような結果として、セントラル占拠行動の総司令官ともいわれた李卓人氏(工党)と、本土派の教祖と呼ばれる黄毓民氏(無所属)がともに落選しました。李氏はセントラル占拠行動の中心人物である黎智英氏から多額の献金を受けていただけでなく米国から直接の献金も受けており、占拠行動の失敗と今回の落選が関係あるかどうかは謎です。
黄氏は主流民主派から敵視されている人物ですが、間接的に若者らを占拠行動に駆り立て、いわばセントラル占拠行動の裏の総司令官ともいえます。自ら育成した本土派の内部分裂が自身を落選に導いたわけですが、サヨクと本土派の痛み分けは興味深いところです。また「民主自決」を唱える朱凱廸氏(土地正義連盟)も占拠行動に参加したサヨク側ですが、地区別直接選挙枠で8万4000票余りも獲得し、当選した35人の議員中で最高得票でした。
また一方で史上最年少の女性議員であり、「美人すぎる過激派」として話題となったのが青年新政の游蕙禎氏。彼女もセントラル占拠行動参加者で本土派です。本土派の教祖と呼ばれる黄毓民氏と同じ九龍西選挙区に出馬し、ともに落選の瀬戸際で票を争っていたため、内部紛争の激化が取り沙汰されていました。
黄氏は彼女の議事能力が低くて議員にはふさわしくないとし、同じころに開催された「ミス香港」に出場した方がいいと揶揄してました。実際のところ游氏はフォーラムで「香港で天然ガスを採掘すれば独立できる」などと主張し失笑を買っていました。この2人の結果も本土派内で分裂の波紋を広げています。
当選した新民党の田北辰氏(左)、葉劉淑儀(レジーナ・イップ)氏(中央)と、容海恩氏(右)。中央のレジーナ・イップ氏は、次期行政長官の有力候補者。特区政府の元保安局長で、2003年に香港基本法23条に基づく「国家安全条例」の立法作業を手掛けたことで知られています。当時は混乱の責任をとって辞任し、その後渡米。帰港後に政界に打って出て着々と支持基盤を広げてきました。
今回も党の議席を増やすなど満足のいく成果を見せ、行政長官への布石を着々と打っているといえます。行政長官に就任した暁には、あらためて23条の立法を完了させてリベンジを果たそうという執念が見受けられます。セントラル占拠行動の参加者や、本土派6人が当選した今回の立法議員選挙。民主派はそれらの勢力を含めて3分の1の議席を確保したことなっていますが、セントラル占拠行動が内部分裂によって終焉を迎えたように、主流民主派、過激な民主派、本土派、その他のセントラル占拠行動参加者は一枚岩ではありません。
これまで議会内には過激派勢力が4人いましたが、そのうち2人が残ったほか、さらに3人の本土派の若者が加わることで、議事妨害がさらに悪化、審議がさらに滞ることが予想されます。そうしたことは政府プロジェクトの遅延・中止や経済・福祉対策の停滞を招き、香港経済・社会の先行きに影響します。
先には国債格付け会社のムーディーズが選挙結果を受けたリポートで「香港の信用評価にマイナス影響を与える」と指摘しました。過激な議員達に同調して主流民主派も「香港独立」推進に加担するようになれば、様々な事件などが起こり、大きな混乱に陥ることも予想されます。
