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楢橋里彩レポート「世界を席巻ASIAN旋風vol.5」

 

楢橋
どんな本を読んだのですか?
山本
「あなたも1億円貯められる」(福富太郎著)という本です。そこには飲食店は、現金商売で儲かるから10年くらい一生懸命やると1億円貯められると書いていたんですね。

当時の金利8%。1億円あれば金利生活ができると思ったんです。しかもその本には焼鳥屋は成功しやすいと書かれていたんです。
楢橋
そうなんですか、しかしそれだけで自衛隊を辞めて焼き鳥屋を?
山本
そうです。何とも単純な発想ですよね(笑)こうだ!と思ったら即断即決。自衛隊は3年で一度契約が切れるので、その時にスパッと。これが21歳の時でしたね。焼鳥屋を始めて10年頑張って1億円貯めて遊んで暮らそうと考えただけで胸が高鳴っていました(笑)

今振り返ると、余計に知識がないまま決断ができて良かったんだと思っています。色々なことを勉強しすぎていたら逆にスタートしにくかったと思うんですよ。
楢橋
すごいですね。何も知識がなければ私なら怖くて動けないかもしれません。
山本
いや、それが若気の至りですよね。若いうちはどんどん突っ走って挑戦していくべきなんです。もしこうだったら・・・というマイナス思考になる暇なんてありませんでした。とにかく金持ちになることだけを考えていたので(笑)怖いもの知らずでした。
楢橋
ということは経営についての知識なども当時はなかったということですか?
山本

そうですね。自衛隊に3年、名古屋の居酒屋と喫茶店に合わせて3年、料理人とホールで働いていたくらいですね。

 

山本重雄・楢橋里彩

「世界の山ちゃんのルーツって?」

楢橋
その後ご自身のお店を開店されたのですね。
山本
はい、一番最初に立ち上げた店は小さい店でしたからマネージメントなんて気にしませんでした。お金をためることが一番の目的でしたから。開業当時24歳でした。最初は姉の家に居候させてもらっていましたがその後アパートに引っ越しました。風呂なしで、家賃は2万5000円。ここに住みながら3年で1000万貯めました。
楢橋
3年で?すごいですね!
山本
夜6時に開店して朝5時まで一人でやっていました。焼き鳥屋は確かに儲かりましたね。でも絶対に無駄遣いをしませんでした。この気持ちはぶれませんでした。目標金額を定めていたので、それに向かってしっかりと貯蓄していきました。そのなかで経営ノウハウ、お客様からの信用を高めていきましたね。おかげで日商7万~10万を売り上げる店にまでなりました。
楢橋
ここであの手羽先は生まれたのですか?
山本
焼き鳥屋だったので手羽先はメニューにはありました。ただメインではありませんでした。すべて自分一人でやるとなると、手が回らない。手羽先の人気店のような味にはかないませんでした。だったらオリジナルの味をだそう、と思いたち、塩胡椒をミックスさせたピリ辛手羽先をつくりました。
楢橋
なるほど!これが山ちゃんの手羽先の誕生なのですね。
山本
当時、激辛ブームだったとこともあって、あっという間に人気商品になっていきました。作っても、作ってもすぐなくなってしまう。そのうちお客さんからなかなか注文できない「幻のメニュー」だと言われて(笑)
楢橋
それが「幻の手羽先」なんですね。
山本
ただその一方でこのままだと10年で1億に到達しないという焦りはありました。この調子で1億円ためるのは30年かかってしまうと。そこで1号店を人に譲って店を大きくして2号店をオープンしました。
楢橋
そこからまたリセットされたんですね。切り替えがすごいですね。
山本

この時「幻の手羽先」で勝負にでようと考えました。2軒目の店を出すときに、何を売っている店なのか明確にするために屋号に入れたんです。店も広くしてスタッフも採用しました。

 

山本重雄・楢橋里彩

楢橋
世界の山ちゃんの屋号もその頃ですか?なぜ世界の山ちゃんなのですか?
山本
ある時、スタッフがお客さんから入る電話に対して「はい、宇宙の山ちゃんです」とか「はい、世界の山ちゃんです」と電話を取っていることに気がついたんです。スタッフは冗談で言っていたのですが、その時に、私は、「世界」という響きに夢があるなぁと感じたんですよ。夢があってお客さんを楽しませるお店、まさにこれが一番大切なことであり私の店づくりの原点なのです。それで正式に「世界の山ちゃん」が生まれました。
楢橋
スタッフと皆の想いがひとつになったんですね。
山本
ネーミングは大切です。インパクトがあると、話題にあがるので、お客さんの記憶に残ります。これが、まさに沢山の競合店のなかで生き残れる大きな自信に繋がっていきましたね。
楢橋
箸袋もなかなかの工夫ですよね。
山本
そうでしょ?ユーモアたっぷりに手羽先の美味しい食べ方を分かりやすく書いています。手羽先が売れるとわかったときから、さらに前面に出していく形をとるわけです。手羽先をメインに始めた頃も、最初は焼き鳥も串焼きもしていたんですよ。ただ店舗を3、4店舗構えたころに、焼き鳥自体をやめることにしたんです。
楢橋
売れているのになぜですか?
山本
焼き鳥は手間が掛かる。店の大きさとか人材不足の問題とかあったんですよ。焼き鳥で一人、手羽先で一人作業で取られてしまうんです。その上焼き鳥を作るのに時間もかかるし、つきっきりで作らないといけないので、思い切ってやめてみました。すごく売れていたんですけが、効率よく仕事ができるほうが売り上げに繋がる。でもこの判断が、今のスタイルを作った訳ですから良かったと思っています。
楢橋
でも、現状で売れているものを手放す発想は、なかなかできないですよね。
山本
今でもスタッフには、焼き鳥を復活させたいと言われます。間違いなく売れますからね。でもやると中途半端になるから、しません。冷凍のものはありますがあまり美味しくはないですよね(笑)売れるかもしれないが、それはお客さんが美味しいと思ってくださるかは別の問題。
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