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楢橋里彩レポート「世界を席巻ASIAN旋風vol.3」

「最初はホテルマンが憧れでした。」

楢橋
大変奥が深いものなんですね!そもそも野坂さんがワインの世界に入るきっかけは何だったのですか?
野坂
最初は全くワインには興味なかったですね。一度最初にワインを口にしたのが、すごく若い時で(笑)その時の味が不味かったんですよ。それ以来、ワインは不味いものだという印象がついてしまい遠ざかっていたくらいなんです。ちゃんとワインと向き合うようになったのは1995年にホテル業界に入ってからです。最初はホテルのレストランで今と違う仕事をしていました。
楢橋
どんなことをされていたんですか?
野坂
ソムリエ以外の仕事を転々としていました。本当は元々ベルボーイになりたくて、ホテルに入りました。
楢橋
そうなんですか!野坂さんがベルボーイというのもイメージできちゃいまね(笑)
野坂

入社した頃、日本では「ホテル」というドラマが流行っていて、かなり影響を受けました。それでベルボーイになりたくて入社したのですが最初の3ケ月間は宴会サービスに配属され、次にレストランにヘルプで入りましてベルボーイとは遠い仕事をしていました。

でもこの時にレストランのサービスの楽しさを知ったことで、ホテルの仕事全体がとても面白くなりました。ワインの勉強をしようと思ったのもちょうど21歳ぐらいだったかな、その頃です。当時、中華レストランに配属されていたのですが、あるお客さんから「このウィスキーは何から造られているの?」と聞かれたときに知識不足ですぐに答えられなかったんです。それが悔しくて。これをきっかけに商品知識を高めようと、お酒の勉強を始めました。

勉強を始めていったらこれもまた面白くて。

そのうちバーテンダーをしてみたいと思うようになりました。上司に話をしたところ、バーに異動させてもらうことができ、約2年間バーテンダーとしてお酒の勉強をしました。勉強をしていくうちに、最終的に行きついたのがワインだったんです。それから真剣にソムリエを目指そうと思い勉強始めました。

 

野坂昭彦

楢橋
追求心が半端じゃないですね。
野坂
そうなんです。興味がでたらとことんなんですよ。ボジョレーヌーボーで一番有名なジョルジュ・デュビュッフという作り手がいたのですがそのセミナーがホテルでちょうどあって、上司から参加するように言われて行ったのが全ての始まりでした。6種類の違うワインをテイスティングしたのですが、産地や気候が異なるとワインはこんなに違うんだということを思い知らされたんです。ワインってこんなに美味しいものなんだと初めて分かったのです。

そこからどんどん興味がわいてきました。それ以来ワイン一直線です。
楢橋
21歳でワインの知識を深めようという姿勢はすごいですね。.私なんてちょうどビールを覚えたての頃でした(笑)。
野坂
やはりお客さまの質問に答えられなかった悔しさがあったからでしょうね。あれ以来、常に学びたいという姿勢は変わっていません。それどころか、ますます追求したいという気持ちが強くなっていきました。自分が勉強すればするほどお客さまに喜んでもらえます。それがこの職業の魅力だと思います。その楽しさを知ってからは本当に学ぶことも楽しんでいます。

「自分の中で明確なビジョンを持って生きてきました」

楢橋
ソムリエになられたのは何歳のときですか?
野坂
23歳のときです。
楢橋
そんなに早くですか?21歳のときにワインを知ってわずか2年で、ですか?
野坂

最初にバーで働いたお陰でお酒の基本知識が既にあったのは大きかったですね。23歳で一発でソムリエの資格を取ったのは私がいたホテルでは異例の早さだったようです。ただ今は、この業界に入って5年以上仕事をしていないとソムリエの資格は受けられないようになりました。

 

楢橋里彩

楢橋
ソムリエの試験はどんなものなのですか?
野坂
まず筆記試験、それに受かったらサービスとテイスティングの試験があります。

とにかく覚える事が多いです。ソムリエ協会が発行している教本があるのですが電話のタウンページのような分厚いものなので、大概の人は試験を受けようとしたらそこでまず挫折してしまいます。知識を常に継続して覚えていかないといけないというのが大変なことだと思いますね。
楢橋
ソムリエになってから、ひとつの場所に留まることなく様々な場所で挑戦してきていますね。
野坂
自分のなかで常に、何歳までにこれをする、という明確なビジョンをもちながら生きてきました。後付けになってしまうかもしれませんが、例えば25歳までにホテル以外のところのレストランで働きたいというのが目標でした。それはお客さんによりパーソナルにサービスをしていきたいという思いがあったからです。それで資生堂パーラーに移りました。その後は30歳になったら外資系のホテルで、35歳になったら海外に出ようと考えていました。
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