若林栄四 ニューヨークからの便り

若林栄四(わかばやし・えいし)

1966年東京銀行(現、三菱UFJ銀行)入行。シンガポール支店、本店為替資金部及びニューヨーク支店次長を経て勧角証券(アメリカ)執行副社長を歴任。現在、ニューヨークを拠点として、ファイナンシャル・コンサルタントとして活躍する傍ら、日本では株式会社ワカヤバシ エフエックス アソシエイツ(本邦法人)の代表取締役を務める。

【著書】
・黄金の相場予想
・世界一やさしい図解FXの教科書
・異次元経済 金利0の世界
・富の不均衡バブル
・etc

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バイデン政権最初の躓き

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6月7日付のNYタイムズに、民主党上院議員のマンシーン(ウェスト・バージニア州選出)の反乱の記事が出ている。

彼はもともと共和党の強い、ウェスト・バージニア州という貧乏州の代表で、民主党議員でありながら今まで何度も共和党から鞍替えのオファーがあった人物であり、一時騒がれたブルーウェイブ(上院、下院、大統領府の民主党支配)のときに、筆者はそうは簡単に民主党の議案が議会を通過するとは思えないという一文をものにしたことがある。

上院は基本がスーパーマジョリティー=フィリバスターといい60票以上を獲得しないと重要案件は通過できない。

今回は特にイデオロギーにかかわる重要案件、連邦議会が、州議会の選挙抑圧立法を抑え込むという、民主主義の根幹にかかわる立法に対し、マンシーンが反対を表明したのである。

民主党対共和党は上院の議席は50対50なので民主党議員が一人反対に回ると、51対49となり、法案の成立は難しい。50対50ならば最後は議長採決で、上院議長(副大統領)が議案を通過させることができるが、最初から49対50ではそれもできない。

バイデン政権の売りである、大型経済対策は、1.9兆ドルの部分は、緊急予算執行行為として、スーパー・マジョリティーではなく、シンプルマジョリティー(51-49)の例外措置が取られたが、さらに大統領が提唱している、大型の財政支出にマンシーン上院議員が反対し続けると、その例外措置による議案通過も難しくなる。そうなるとこれらの大型財政支出を当てにして、上がってきた株価などは非常に危険なことになりかねない。

ことはそう簡単ではなく、本コラムで説明できるようなものではないが、バイデンが得意とする議会対策が身内から反乱者を出して失敗するのは、バイデンの政策の実行可能性について疑問符をつけることになってしまう。

以下上記の問題についての筆者の過去の拙文を参考までにご披露する。

【米国連邦上院にはフィリバスタ―という議事妨害が制度化されている。このフィリバスターを破るには。上院議員の60%以上の賛同を得る必要がある。すなわち議事妨害をできなくするには、60議席が必要ということになり、ある議案が確実に議会を通過するには60議席のスーパー・マジョリティーが必要というのが、このフィリバスターの制度である。

しかし昨今の党派対立の激化から、超党派での合意というのがほとんど不可能になっており、スーパー・マジョリティー方式ではよほど毒にも薬にもならない法案でない限り、議会を通過することはできなくなっている。あるいは一つの議案を投票に持ち込むためにはクローチャーという制度があり、それを議案ごとに発動することによりフィリバスターを回避して投票に持ち込むことができるが、これは手続きが煩雑でしかも時間がかかる。

そこで2013年の民主党上院で、重要議案について、単純多数決(シンプル・マジョリティー)すなわち51対49で法案通過、最高裁判事、閣僚のコンファメーションを強行した。そうしないと議会の生産性が極度に落ちるから、議会の役目を果たすことができないというのが民主党のいい分であった。

その後トランプ政権になって、共和党もこのシンプルマジョリティーを多用するようになる。(これを核オプションと称する) そこで、バイデン民主党は、上院のルールを変えて、重要法案についても単純多数決方式に切り替えようとしている。そのルール変更については上院の単純多数決で決めることができる。従って民主党全員の50票があれば単純多数決方式にすることができる。

シンプル・マジョリティー(単純多数決)で行けば、今バイデン政権が考えている、共和党の選挙抑圧を封じる立法、あるいは2兆㌦のインフラ投資、あるいは企業増税といった重要法案がいまなら議会を通過することができる。

ところがそのフィリバスターの廃止に反対しているのがこのマンシーン上院議員なのである。彼以外の民主党上院議員は全員フィリバスター廃止に賛成だが、ただ一人首を縦に振らない。

正にこれから始まるリベラル革命の首根っこを押さえるのが民主党議員という皮肉な図式になっている。マンシーン上院議員が反対したら何事も議会を通過することはない、という大実力者になってしまったこの頑固おやじを、どう説得して、歴史が予見しているリベラル革命を実現していくのか、議員歴が長いバイデンの腕の見せ所だろう。】

第8回「酒匂x川口のゴールデンアワー」~珍問・難問なんでもござれ、楽しい質問に回答します~

FRBの受難

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バイデン政権の財政、金融政策の総動員でマーケットにはインフレ懸念が高まっている。インフレ関連の経済指標は確かに1年前のコロナ禍最悪期と比べると、YOY (前年比)で高い目の数字が出るが、それはもちろん本質を映していない。

今の経済の問題点はバイデノミクスが指摘するように、slack が問題の本質であり、それが長年の低金利の背景であり、3%超のマイナス成長の後、GDPの15%になる財政支出をばらまいたとしても、それが一気にインフレにつながるとは到底思えない。

そもそもこのパンデミックは、強制的に需要と供給を同時に消滅させるという極めてデフレ的な現象である。そこで起こった経済のストック面のダメージは巨大である。ストック面のダメージはFRBのように資金供給だけでは何の意味もない。というのは国民経済のプライベートセクターのバランスシートが、痛んでいるからである。キャッシュフローを確保することは悪いことではないが、バランスシートの改善にはつながらない。タックスペイヤー(納税者)のカネを無償でギブアウトすることにより初めてバランスシートの改善につながるのである。

今回の財政の巨額の出動はその無償のギブアウトである。しかし、傷んだバランスシートの改善はいきなり効果を発揮するものではない。長い時間をかけてバランスシートを改善し、初めて前向きの経済活動が可能になるのである。そのうえでフルシリンダー エンジン全開となる。それまでインフレの恐れは杞憂に終わるだろう。

そもそも米国のインフレはドルが金の縛りを離れた1968年の金2重価格制の採用から始まっているとみるべきで、2021年では日柄が合わない。少なくとも59年の日柄とみると2027年あたりまでは基本的にインフレの心配はないだろう。むしろリスクはデフレということではないかと思われる。

1913年に設立されたFRBは今年で108年目の黄金分割の節目のタイミングを迎える。

1980年以降大過なく暮らしてきたFRBに何らかのクライシスが訪れてもよい日柄である。FRB が一番困るのはインフレではなくデフレである。デフレに対してはもう打つべき手段を持っていない。9.5兆ドルまで膨らんだFRBのバランスシートをさらに膨らまして、民主主義の正当性を欠く中央銀行の経済介入を繰り返すのか。

今年から来年にかけてFRBの危機が訪れるような気がする。

その危機は対処が簡単なインフレではなく、対処が難しいデフレではないか。それでなければ108年目の危機にふさわしくないだろう。

9.5兆ドルのQE (量的緩和)をやってしまい、エコノミストであるFRB 官僚がこれ以上は手を拱くしかないデフレに直面、右往左往するところをバイデン政権の財政出動がかろうじて米国経済の大崩壊を防ぐというシナリオになりそうだ。そのためにジャネット イェレン元FRB議長がバイデン政権の財務長官に座っているとみれば極めて説得的なシナリオである。それが名実ともに財政金融のポリシーミックスの交代ということなのだろう。

4月末米国株式市場は、第1四半期の企業決算特にビッグ・テックの絶好調に、新高値を更新している。そうした中で誤ったインフレ懸念が盛り上がっている。

しかし、パンデミックによる一時的な落ち込みからの反動である景気回復は当然長続きしない。

IMFの見方では、このパンデミックで、労働、資本の供給量が減少、潜在成長率は低下し、需給ギャップはデフレギャップを拡大させる。その結果物価は下落する。

経済の先行きに対する期待も今がピークで、これ以上は高まらないだろう。その中で先進国経済は1-2%の低成長が続くというのがIMFなど国際機関の見方である。反動ユーフォリアは、はげ落ちるのは時間の問題だろう。

なにせこの株式市場のラリーは一番直近の底から見ても12年間の大ラリーである。

直近の底は2009年3月の、リーマンショック後安値は、NYダウは6469ドル、SP500は666が底値となっている。

2009年3月の悲観の大底から48四半期―12年は黄金律でいけば95.5単位47.75四半期のタイミングで21年3月あたりで楽観の極に振れ、そのユーフォリアは継続、すでに4月末には12年間で5.3倍、SP500で6.3倍まで株価を押し上げている。

NASDAQは12年間で実に10.4倍である。

Roaring Twenties(怒涛の20年代)と言われた大恐慌前の好景気でNYダウは1921年7月の63ドルから1929年9月の386ドルまで8年間で6.12倍の上昇であった。それから大恐慌が訪れるのである。

どこから見ても異常な現在の株高がいつ崩れてもおかしくないとみるのは極めて自然である。

第8回「酒匂x川口のゴールデンアワー」~珍問・難問なんでもござれ、楽しい質問に回答します~

バイデン政権の考え方

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大統領に就任してからのバイデンの積極性に驚きを感じる人は多い。

ただのワシントン歴50年の政治屋だと思っていたのが、大変身なのである。

バイデン政権の下では今までの政権ほどエコノミストの力が強くない。

というかバイデンは経済学をそれほど信用していない。

これをバイデンは、高学歴者でないのでそれほど学問マインドがないからという人もいる。

過去の様々なエコノミストの議論の中で、現実にあまり役に立っていないのは、貧富の差の拡大、クライメイト・クライシス(グリーン対策)で効果的な対策がエコノミストから持ち出されたことはない。

エコノミストのグリーンクライシス対策では炭素税の導入などの提案がなされているが、バイデンは一蹴している。政治的自殺行為になるような炭素税の創設などは全く政権としては考えていない。エコノミストというのは政治的に通用する提案をするべきであるというのがバイデンの考え方である。エコノミック・バイアビリティ(経済的実行可能性)よりポリティカル・バイアビリティ(政治的実行可能性)のほうが大事である。

1.9兆ドルの追加刺激策の中で、国民に人気の高い1400ドルの追加見舞金について、ラリー・サマーズ(クリントン政権とオバマ政権での財務長官)は、これだけのカネを配っても、いらない人にも配ってしまう可能性があるので、非効率であるとエコノミスト的発言で反対する。それに対して、人気のある政策をすることは大事で、人気がなくなれば、将来人々のために良い政策を打つこともできなくなるとポリティカル・バイアビリティの議論で押し切ってしまうのがバイデンである。とにかく貧困層と中間層を大事にすることが大事で、そのためにはポリティカル・バイアビリティをキープすることが主眼である。

バイデン政権には財務長官にジャネット・イェレン前FRB議長のようなエコノミストを配しているが、彼女はオバマ政権下のラリー・サマーズのように主要な政策提案者というよりは、One of Themという立場で議論に参加する。

従ってイェレン財務長官の発言はFRB議長時代のエコノミストではなく、より政治寄りの発言であることに留意すべきだ。

 

バイデンはオバマ政権の副大統領であったので、その時の経験から学ぶものが多い。

オバマ大統領は2008年のリーマン・ブラザース証券の破綻で、2009年の就任早々、巨額の財政資金投入で大恐慌入りを防ぎ、またオバマ・ケアーで2千万人に医療保険を提供するなどの善政を敷いた。さらに金融セクターの規制改革などを行った。

これ等の政策は主にエコノミック・リスクの視点から大事なものであったが、その結果政治的に失ったものも多い。

オバマ・ケアーはティー・パーティー(茶会党)などのポピュリズム政党の反対にあい、2010年中間選挙で民主党下院敗北の原因となった。この下院の敗北でオバマ大統領のアジェンダは終了となる。

2014年には上院の多数も失う。2016年にはトランプの当選を許す。

その結果最高裁判事の保守化を何十年にわたって保証するという政治的敗北を喫する。

これ等が、エコノミック・リスクに重点を置き、ポリティカル・バイアビリティを失ったオバマ政権の失敗である。

バイデンはこれから学んだ。

民主党の力を取り戻すためには、徹底的にポリティックス(政綱)に重点を置く政策をとり、政権の座にとどまり続けることが大事だという認識である。

1400ドルの追加見舞金は、民主党政権は人々のことを真剣に考えているということを示す大事な機会である。そうでないと人々はまたすぐトランプ的なものに戻るのである。

Government doing too much(政府はやり過ぎ)のほうがGovernment not doing enough(政府は十分やっていない)より大事なのである。

1980年はレーガン大統領が逆のスローガンでGovernment doing too muchの弊害を叫び、政府の介入を排する政治を提案したのである。40年経つと世の中は変わるのである。

政治もそれについて変わっていかなければならない。

第8回「酒匂x川口のゴールデンアワー」~珍問・難問なんでもござれ、楽しい質問に回答します~

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第8回「酒匂x川口のゴールデンアワー」~珍問・難問なんでもござれ、楽しい質問に回答します~

バイデン・パッケージの意味するところ

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かねてから米国政治経済は40年ぐらいの周期で,変化してきていることを指摘してきた。

いまから40年前というと、事件でいえば1979年10月のFRB議長のボルカーによる金利革命である。金利の水準コントロールをやめてマネーサプライのコントロールで、高騰するインフレを抑えようとしたものである。その結果長期金利は1981年15%台まで高騰するが、見事にインフレを抑えて、その後40年間の米国経済のディスインフレの礎を築いた。

勿論金利が高騰して、大不況に襲われ、その2年間に2度のリセッションに見舞われたとき、選挙の洗礼を受けない高級官僚が、それだけの被害を経済に与えることについての異論は聞かれたが、最終的にはインフレ退治が成功したのでFRBがその後の経済のかじ取りを主に金融政策で対処することに対して特に国民の不満はなかった

それから40年たった今、金融危機のたびにFRBが出動して大量のカネをばらまき何とかリセッションを収めてきた。FRBは経済のどのセクターにカネが入るのか、コントロールする能力はないので、ただ大量にカネをばらまき、それが経済全体の体力に資することを期待するしかなかった。

その結果副作用である、マネーの異常な膨張が起こり、資産価格の暴騰、それによる貧富の格差の耐えられない拡大が進んだ。

選挙の洗礼を受けない高級官僚(FRB幹部)が事件のたびにカネをばらまく形で処理する方法は資産の高騰で限界に達している。これ以上の格差拡大を、正当性を欠く官僚に委ねることの是非が問われている。

今回の新型ウィルス禍で、米国議会は2020年~21年で合計6兆ドルの財政支出を許可した。

これは選挙の洗礼を受ける(経済政策の結果を選挙結果に反映させることにより、民主主義の正当性を維持することができる)議会が、高級官僚から政策の主導権を取り戻すという行為でもある。

バイデン政権の1.9兆ドルの景気刺激策にマーケットは湧いているが、実はこれは過去40年間の経済政策の官僚支配からの脱却のステップであり、高級官僚路線で成し遂げた正当性を欠く異常な資産価格の高騰及び格差の拡大が終わろうとしているのである。

NYダウで行けば1982年の770ドルから今日の32,000ドルまで高騰を支えてきた体制の崩壊である。高級官僚と違って、議会が間違いを犯せば、彼らは選挙の洗礼を受ける形で間違いを訂正する必要が出てくる。それらの行為はしかし、民主主義の正当性に基づくものである。

一部エリートがFRBという形で成し遂げてきた正当性のない経済政策の結果でこれ以上の貧富の差の拡大は許されない。

40年経った今、このエリートによる国家運営が問われようとしている。

パウウェルプットなどと浮かれている場合ではない。パウウェル議長が財政出動を促すのは当然であって、これ以上のFRBによる経済救済は弊害が大きいことを彼は示唆している。

詰まるところ米国議会による大型救済は、FRBによる資産インフレへのアンチテーゼなのである。

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