蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。
現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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ロシア帝国復活の兆し

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台湾問題や人権弾圧などで火花を散らす米中関係や新型コロナ変異種の感染拡大に世界の注目が集まる中、したたかに権力を拡大しているかつての超大国のリーダーがいる。

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ロシアのウラジーミル・プーチン大統領である。

昨年夏の国民投票で78%が賛成した憲法改正によって2036年まで現職に留まることが可能になった"帝王"プーチン(69)は、同年12月には大統領経験者とその家族を生涯にわたって刑事訴追から免責する法案にも署名した。これで「終身大統領」としてやりたい放題できることになったわけだ。

「(ロシアの外交政策は)あらゆる方角に国を拡大させることだ」

そんなアレクセイ皇帝時代の外務大臣オルディーン・ナシチョキンの言葉どおり、2014年に黒海北岸のクリミアを併合(ロシアからみれば奪還)したプーチンはさらにウクライナの国境付近に10万人もの兵力を集結させている。

来年早々にも17万5000人規模の軍事侵攻を計画しているとの米メディアの報道もあり、緊張が高まる一方だ。なにしろプーチンは目的達成の為には武力行使に躊躇がない。

直近の狙いは北大西洋条約機構(NATO)に加盟したいというウクライナの望みを打ち砕くことだろう。だが、戦略家プーチンの野望はもっと大きい。かつてのソビエト連邦の復活なのである。

危機感を抱いたバイデン大統領は日本時間8日未明の米露首脳会談でロシアがウクライナに侵攻すれば「米国は同盟国と共に強力な措置で対応する」と警告を発した。これに対してプーチンは「国境で軍事力を増強しているのはNATOの方だ」と切り返したという。

なぜプーチンはそんなに強気でいられるのか。じつはその背景には国家保安委員会(KGB)の工作員から「皇帝」になった彼の揺るぎない国家観があるのだ。

プーチンは冷徹な国家主義者なのだ。彼の国家観のルーツはふたつの社会主義国の崩壊を経験したことにある。ひとつは、KGB工作員として1989年に東ドイツに駐在していた時に民主化運動によって政権が瓦解するのを目の当たりにしたこと。もうひとつは、ソ連に帰国後の1991年に誇り高き祖国が無様に崩壊してしまったことだ。反対勢力を打ち負かさなければ国家は崩壊すると彼は肝に銘じた。政治的対立に敗れた者は抹殺されると学んだのだ。

生き残るためには手段を選ばない。国内では新興財閥を傘下に収め、メディアを統制し、反対勢力を容赦なく弾圧した。海外では、クリミア併合でロシア国民の愛国心に火をつけ、2015年9月にはロシア史上初めて中東シリアへの直接軍事介入に踏み切って崩壊寸前に陥っていたアサド政権を救っている。

プーチンにはお気に入りのフレーズがある。それは「われわれに必要なのは偉大なる変革ではない。偉大なるロシアだ」だ。ロシアの経済力はいまや韓国程度の規模しかない。人口も日本とさして変らない。しかし侮ってはいけない。依然として米国を凌ぐ数の核兵器を保有する軍事大国であり、世界3位の石油産出量を誇るエネルギー大国だ。従来の同盟国であるインドとの軍事・エネルギー関係も強化している。

プーチンは情報操作や隠蔽の名人で、99%のロシア人より理性的だといわれている。新たなパワーポリティックスの時代に突入した今、米中対立だけでなく筋金入りの国家主義者が君臨するロシアの動向にも注意を払う必要がある。

思い返せば、プーチンと交流があり、惜しまれながら12月2日に政界を引退したアンゲラ・メルケル独大統領は見事にプーチンの姿を次のように言い当てていた。

「プーチンは別の世界に住んでいる」

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【明日20時開催】お年玉5万円や高級すき焼セットが当たる無料セミナー開催

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みなさん、こんばんは。トレトレスタッフです。

明日12月23日(木)20:00より、5万円のお年玉ほか、豪華商品も当たるYouTubeセミナーが開催されます!

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2021年ラストセミナーは、当コラムの執筆者である国際ジャーナリストの蟹瀬誠一さんをスペシャルゲストに迎え、2022年の経済を予測します!

・不人気のバイデン政権はどうなるのか?
・冬季オリンピック外交問題の行方は?
・ウクライナを巡る米露の対立の行方は?
・益々危機感が高まる米露危機は?
・メルケル後のEUはどうなって行くのか?
・岸田政権は日本経済を回復させる事ができるのか?

などなど、様々な疑問を蟹瀬さんにぶつけたいと思います!

また、番組最後には皆さんの気になる質問を蟹瀬さんが直接お答えするコーナーもありますので、ライブ中はどんどんチャットに質問を書き込んでください!

そして、川口一晃さんによるペンタゴンチャートでは2022年の為替情報を読み解きます!
こちらも必見の内容になってますよ。

そして、セミナー最後では参加者全員に当たるプレゼントコーナーを開催!

セミナーはYouTubeの生配信ライブとなりますので、スマホやPCがあればどこからでも参加できます。参加費は無料ですが、事前登録が必要なりますのでまずはご登録下さい!

お申込みはこちら
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申し込まれてない方はまだまだ間に合います!参加して豪華賞品を当てましょう!

すでにお申込みいただいているお客様は、視聴用URLがメールで届いていると思いますので、開催日時になりましたらそちらよりご視聴ください。

若林栄四 NYからの金言
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中国の先祖返り

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21世紀は1979年から始まった。

そう言うと首を傾げられるかもしれない。しかし同年に起きた出来事を振り返るとその意味が納得していただけると思う。

振り返れば、同年に立て続けに起きた政治経済的地殻変動は今私たちが生きている21世紀を方向づけているからだ。

振り返ってみれば、その年の1月に米中が国交を樹立した。4月にはイランでイスラム革命が起きて世界でのイスラム教の影響力が急速に拡大。5月には「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャー女史が英首相に就任し、現在の深刻な経済格差を生む結果となった新自由主義経済を推進した。

さらには、6月のヨハネ・パウロ2世教皇のポーランド訪問がその後の共産主義体制崩壊のきっかけにもなった。一方、中国では最高指導者だった鄧小平が「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕ってくるのがいい猫だ」という発言で知られた「改革開放政策」に着手。それが同国を世界第2位の経済大国にまで成長させた。2028年にはGDPで米国を抜くだろうと予測されている。

つまり、1979年は社会主義体制が影を潜め、宗教の政治化が始まり、市場経済が台頭した画期的な年だったのだ。私が米「TIME」誌特派員だったときにライバル誌だった「Newsweek」の東京支局長も務めたジャーナリストのクリスチャン・カリルがそのことを著書『STRANGE REBELS』で詳細に分析している。

しかしこのところ専制色が一層強くなった習近平体制の中国では今、そんな時代の大きな流れに逆行する共産主義への「先祖返り」が急ピッチで進行している。「共同富裕(貧富の差を減らしてすべての人が豊かになること)」の旗印の下、市場経済で膨れ上がった企業を半国有化して共産党の指導下に置こうとしているのだ。毛沢東から始まった革命の道へ逆戻りである。

スローガンは「共同富裕(貧富の差を減らしてすべての人が豊かになること)」。市場経済導入で野放図に膨れ上がった民間企業を準国有化して共産党の指導力を強め、富の再配分をするとともに、人口減少という深刻な中長期的問題にも対応できるようにしようというのである。

手始めは野放図に巨大化したIT企業だった。アリババ、テンセント、バイドゥ、バイトダンスなどのプラットフォーマーが狙い撃ちされた。隆盛を誇ったアリババの創業者ジャック・マーでさえ突然公の場から姿を消したくらいだ。国家首脳並の派手な外遊や中国当局批判ともとれる発言が習近平総書記の逆鱗に触れたようだ。

これで約90兆円の富が吹き飛んでしまったが習近平総書記は弾圧を緩めようとはしていない。国家に従わないものは絶対に許さないという姿勢なのだ。

続いて起きたのは、リーマンショックの再来かと世界が肝を冷やした中国の不動産大手、恒大集団の経営危機だ。

恒大集団は苦学生で鉄工所の技術者だった許家印氏が弱冠39歳で創業した不動産会社で、「永遠に拡大する」というその社名どおりに急拡大を遂げ、2020年のグループ売上高8.6兆円、従業員20万人、取引先8000社を超える世界でも指折りの巨大複合企業に成長した。

ところがその栄華の裏で負債総額が34兆円近くにまでに膨れ上がり、理財商品(高利回りの財テク商品)の償還が滞ったことをきっかけに破綻の崖っぷちに立たされている。債務不履行となれば国内の金融機関、投資家、不動産業者のみならず中国に投資している海外投資家も巨額損失を被ることはまぬがれない。

だが中国政府は、経済成長最優先の鄧小平モデルが生み出した不動産バブルの原因企業や理財商品であぶく銭を手にした個人投資家を容赦なく罰しようとしている。

「不動産市場で若干の問題が起きているが、リスクは管理可能だ」と劉鶴副首相は強調した。混乱は強権で押さえ込めばいいというのが習近平総書記の発想だ。早ければ、年内に破綻処理に入り、資産処分を経て国有企業化されるだろう。

恒大危機を回避した後は、来年の北京冬季五輪を成功させて秋の共産党大会で独裁体制を強化することを目論んでいるのだろう。「共産党、人民解放軍、中華人民共和国」の3つの権力を掌握した習総書記は、「脱改革開放政策」とともに外交や軍事面でさらに高圧的な姿勢を強めていく。その延長線上に悲願の台湾統一があることは間違いないだろう。

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「イカゲーム」から垣間見る現代

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コロナ禍の巣籠もりですっかりNetflixの韓国ドラマにハマってしまい、気がつけば『愛の不時着』から始まり『スカイキャッスル』、『ビンチェンツォ』、『ピノキオ』などすでに13作を立て続けに観てしまっている。どうりで仕事が進まないはずだ。そして14作目は遅ればせながら話題の『イカゲーム』。

最初はそれほど関心が無かったのだが、世界90カ国で視聴回数1位だと聞いて好奇心にかられた。

主人公はギャンブル好きで借金まみれ、妻にも離婚されたうだつの上がらない中年男ソン・ギフン。ある日、地下鉄のホームで謎の男に誘われて優勝すれば日本円で約45億円が手に入るというゲームに参加する。

子供の頃に楽しんだゲームばかりだったが、じつは脱落者は次々と射殺されていくという血みどろのサバイバルゲームだった。そしてその裏には闇の商売が・・・。

まだご覧になっていない読者もいらっしゃるだろうから内容はこれ以上書かない。ただ、ストーリーだけならどこかで見たような単純なデスゲームである。それなのになぜこうも空前の大ヒットになったのだろうか。

いくつか理由が考えられる。上位にランクされているNetflix韓国ドラマはどれもテンポが早く、予想外の展開が続く。キャスティングがうまく俳優の個性が際だっていて演技も熟達している。カメラワークもドラマチックで音楽も洗練されている。

だが、「イカゲーム」がそれ以上に注目を浴びた理由は、背景にある文在寅政権下の韓国社会で広がる貧富の格差と貧困に心折れて一攫千金に走る「下層国民」の姿が浮き彫りになっているからだろう。格差拡大を感じているのは韓国民だけではない。多くの国々の人々が同じ不安を抱えており共感を呼ぶのだ。経済格差は教育格差となり階級社会をつくる。

振り返れば、2020年のアカデミー作品賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』も同じようなテーマ設定だった。

「『イカゲーム』の参加者のキャラクターは韓国の不安を直接表現しており、社会進出の機会が見えない韓国の若者層の共感を呼んだ」と、米ニューヨークタイムズ紙も分析している。

日本にとっても対岸の火事ではない。「一億総中流」といわれた日本国民の大多数が自分たちを中流階級だと考える意識があったのはとっくの昔の話。小泉・安倍政権が推し進めてきた自己責任を基本とする新自由主義のお陰で、今では中間層が没落して貧富の差が広がる一方だ。現実のイカゲームが進んでいるのである。

両政権で喧伝された「トリクルダウン」、つまり大企業やお金持ちが裕福になればやがて雨がしたたり落ちるようにいずれ庶民も豊かになるという理論はすでに幻想だった。現実は「トリクルアップ」が起きて大部分の富が大企業や一部の富裕層に吸い上げられ、国民生活は困窮するばかりだ。

9月の総裁選に向けて岸田新首相は看板政策として所得倍増や金融所得課税の強化など「新しい資本主義」の実現を謳った。ところがいざ選挙戦がスタートすると目玉政策は封印されてしまい、首相就任後はさらにトーンダウン。総選挙直前とあって、大企業べったりの自民党総裁としては富裕層増税など到底言えないのだろう。

「新しい資本主義」とは突き詰めれば税制改革だ。本気でドラスチックに税制を改革すれば貧富の差を減らすこともできることは高負担高福祉の北欧諸国を見れば分かる。税制改革こそ本当の構造改革である。しかし、それがいつまでもできないでいるのは日本の政治の体たらくだ。

新しい資本主義は別名「資本主義4.0」とも呼ばれる。つまり、①古典的資本主義(個人の自由と小さな政府)、②福祉国家(社会保障制度に重点)、 ③レーガン・サッチャー新自由主義(自己責任、小さな国家、グローバリズム)に続く④人間と地球に優しいSDGsを中心に据えた資本主義のことだ。

その為に必要な政治家の仕事は二つしかない。ひとつは国民に希望を与えること。もうひとつはそれを実現することだ。『イカゲーム』はその両方が実現できていない希望喪失社会の縮図だ。

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米国が引き摺るダーティな影

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長身でハリウッド俳優のようにハンサム。身のこなしも品良く、裕福な知人の支援を受けてビジネスで大成功した後に政界に転身。サンフランシスコで100年ぶりの最年少市長となったといえば、米民主党のプリンスのカリフォルニア州知事ギャビン・ニューサム知事(53歳)だ。

彼は同性婚をいち早く容認したリベラル派の民主党政治家で、新型コロナパンデミック以前は貧困層救済や死刑執行一時停止に汗を流し、コロナ発生後は全米で最も早く外出禁止令を出すなど感染拡大に対応。その手腕は高く評価されていた。18年の知事選では得票率6割で圧勝し、将来は民主党の大統領候補にも名前が挙がっていたほどだ。

ところがそんな彼に対して今月14日、リコール(解職)投票が行なわれ全米の注目を集めた。いったいなぜなのか。じつはその裏にはあの忌まわしい人物の影があったのだ。

きっかけは、昨年11月、外出禁止令を発令した知事自らが家族といっしょにワインで有名なナパにある高級レストランで政治コンサルタントの誕生日を祝って十数人で会食したことが明らかになったことだった。

コロナ禍にマスクもつけず、ソーシャルディスタンスも無視して白トリュフやキャビアなど1人1200ドル(13万円)の最高級ディナーコースに舌鼓を打っていたというのだから、顰蹙(ひんしゅく)ものだった。

なにしろその事実をスッパ抜いたのは保守系のフォックスニュース。ご丁寧に会食現場を目撃したという匿名の女性が撮影した写真と彼女の肉声インタビューまで公開した。

来年の中間選挙で巻き返しを狙う共和党がこのチャンスを見逃すわけがない。コロナウイルス感染拡大、ホームレス急増、山火事対策の不備、夫人のスキャンダルなどありとあらゆる「理由」を並べ立ててニューサム知事のリコールを求める署名集めを始めたのだ。

アメリカで最も進歩的とされるカリフォルニア州では1911年に直接民主制が導入された。目的は特定の利益団体による不公正な利益誘導を阻止するためだった。ところが住民投票に必要な署名数(有権者の12%)が少ないことから同州ではリコール手続きが驚くほど容易で、特定の利害関係者にしばしば乱用される羽目になった。

そのため、これまで同州の知事がリコール投票にかけられた回数はなんと50回以上。ただし実際に成立したのは2003年のわずか1回だけ。民主党のデービス知事がリコールされ、共和党候補だった俳優のアーノルド・シュワルツネッガーが知事に選ばれたときだけだ。

どうみても制度に問題がある。英国の経済紙『ザ・エコノミスト』は今回の出来事を「カリフォルニアの直接民主主義の狂気」と書いた。

民主党の牙城である同州知事選で勝ち目のない共和党は、今回その制度上の「欠陥」を突いたのだ。あらゆる手段を使ってリコール実施に必要な150万人を遙か超える171万人以上の署名をかき集めた。これで民主党政権の足をひっぱろうというわけだ。

ニューサムの知事続投には過半数の信任票が必要だった。しかし、共和党にとって重要なポイントはニューサム氏が過半数を取れなければ、同時に実施される後任候補に対する投票で最も得票数の多い候補が知事に選ばれるということだ。これなら共和党にも勝つチャンスがあるということだ。

今回の立候補者はなんと46人。当然のことながらほぼ全員が共和党だった。その中で後継者として最有力視されたのはラリー・エルダー、69歳。熱狂的なトランプ前大統領支持者で、過激な発言で人気の保守系ラジオ番組の司会者だった。

銃規制に反対、ワクチン接種義務化反対、気候変動は「嘘っぱち」だと否定、女性蔑視、LGPTQは「神をも恐れぬ罪悪」、「トランプは神からの贈物」だと公言して憚らない人物。まるでトランプの分身のようなデマゴーグ(大衆扇動者)だ。

危機感を強めた民主党陣営はテレビの選挙広告に8月だけで3600万ドル(約39億円)を投入したといわれている。それだけではない。バイデン大統領やカリフォルニア州出身のハリス副大統領までが急遽応援演説に駆けつけた。トランプ支持の共和党候補が勝利すれば、来年の中間選挙だけでなく2024年の大統領選挙にまで悪影響がおよぶからだ。

投票の結果は反対大多数でリコールは不成立。ニューサム陣営からは安堵のため息が漏れた。しかしこれで一件落着とはいかない。なぜなら長引くコロナ禍と全米で最も厳しい行動制限で、ニューサム知事に対する住民の不満は高まっているからだ。会食スキャンダルで彼のリーダーシップにも疑問符がついた。

じつは、その背景にはあの悪党の姿が見え隠れする。ドナルド・トランプ前大統領だ。今回もトランプ流ダークサイドスキルが際だった。リコール投票で負けても有権者に不信感を植え付けて民主党支持者を揺さぶる汚い戦略だ。

トランプは保守派のウェブサイトNewsmaxに登場し、今回の投票も「不正操作(rigged)」が行なわれる!」と叫んだ。もちろんこれまで通り証拠はいっさい示しめさずに。

「不正が行われてないと信じる人間なんて本当にいるのか?・・・とんでもない数の郵便投票でまた大掛かりな選挙詐欺が行われるぞ。2020年の大統領選の時とまったく同じだ。あれほど露骨ではないけどな」

アメリカを取材して回ると分かるが、そんなトランプ前大統領の戯言を本気で信じる熱狂的支持者や宗教的保守層が未だに驚くほど多くいるのだ。地元紙『サンフランシスコ・エグザミナー』(8月20日付)の社説の見出しがいみじくもそれを物語っている。

"DON'T LET TRUMP WIN IN CALIFORNIA"

ニューサム知事に勝利をではなく、「ドナルド・トランプをカリフォルニアで勝たせるな」なのだ。トランプがホワイトハウスを去って8ヶ月以上経った今も、トランピズムの黒い影がつきまとっているのである。これは紛れもない民主主義への脅威だ。

最新のCNNの世論調査によると、56%のアメリカ国民は民主主義が攻撃されていると感じている。恐らくこの傾向は来年の中間選挙、そして2024年の大統領選挙に向けてより強くなっていくだろう。

アメリカは『狂気と幻想のファンタジーランド(Fantasyland: How America Went Haywire)』と著名な米作家カート・アンダーセンが書いたが、まさにその通りなのだ。

           

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