蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト
明治大学名誉教授
外交政策センター理事
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長

1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。
現在は『賢者の選択FUSION』(サンテレビ、BS-12)メインキャスター、『ニュースオプエド』編集主幹。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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厄介な自由と独立の象徴

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「サタデー・ナイト・スペシャル」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか。日本では差し詰めレストランの週末サービスかテレビのバラエティ番組だろう。

しかし銃乱射事件が相次ぐ米国では違う。護身用の小型拳銃の俗称だ。マフィアが土曜日の夜に酒場で酔っ払って喧嘩騒ぎを起こした際に隠し持った小さな口径の安物銃を使ったことからその名前がついたそうだ。別名「ジャックガン(がらくた銃)」。

とくに60年代の土曜日にはこの種の銃で撃たれた負傷者が続々と病院に担ぎ込まれた。医師たちは「サタデー・ナイト・ラッシュアワー」と呼んだ。なんとも物騒な話だが、銃社会アメリカならではの事だ。銃規制が厳しい日本に住んでいる私たちには想像できない。

このほかに、拳銃はイーコライザー(equalizer)とも呼ばれる。強者と弱者を平等にするものという意味だ。たしかに銃を使えばか弱い女性でも屈強な男をなんなく倒すことができる。

「なんてこった、この国の銃暴力はもう疫病だ!国家の汚点だ!」

今月8日、ホワイトハウスの中庭に集まった記者団に対して政権初の銃規制策を発表したバイデン米大統領は青筋を立ててそう発言した。

それはそうだろう。3月にジョージア、コロラド、カリフォルニアの各州で、そして4月にはサウスカロライナ州、テキサス州で銃乱射事件が相次いだからだ。複数の女性を含む28人が死亡した。人々の怒りと不安の声を連日全国ニュースが伝えられている。非営利団体「ガン・バイオレンス・アーカイブ(GVA)」によると、今年に入ってからだけでも全米で150件以上の銃乱射事件が発生しているという。

それだけ酷いと国民は全員諸手を挙げて「バイデン頑張れ」となるかと思うとじつはそうならない。多くのアメリカ人にとって銃所有権は自由と独立の象徴であるため、厳格な銃規制は政治的リスクが極めて高いのだ。

今回発表された規制内容を見ると、ネット上で入手できる部品で製造され追跡が難しい「ゴーストガン(幽霊銃)」の取り締まりや、銃口を安定させる装置の登録義務付けなどが柱。やはり極めて限定的だ。

しかも規制措置は国民の武器保有の権利を侵害するものではないとバイデン大統領は何度も釘を刺していた。

確かに合衆国憲法修正第2条には「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、市民が武器を所有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない」と銃保有の権利が認められている。

しかし、本来この条項が認める武器所有は、理不尽な政府に抵抗するための権利としてのみだった。それが今ではお構いなしでぶっ放す。推定4億丁の銃が巷に氾濫しており、トランプ大統領が就任した2017年に至っては過去半世紀で最多の4万人近くが銃撃で死亡した。これでは銃を向ける相手が違うだろう!

しかも、これまで乱射事件で使われた凶器の多くはアソルト・ライフルと呼ばれる連発銃。狩猟や護身用ではなく戦闘用武器だ。それでも有力政治家たち、特保守系は銃規制には極めて消極的。アメリカ最大のロビー団体である全米ライフル協会(NRA:会員約400万人)からたんまり政治資金をもらっているからだ。国民の命より金というわけである。何処の国も政治家は似たり寄ったりで恥を知らない。

「銃を持った悪い奴らに対抗するには善人も銃を持てばいい」

米国銃所持者協会(GOA、会員数30万人)会長で元共和党下院議員ラリー・プラットがテレビ番組でそう話したことを私は今でも覚えている。悪いのは銃ではなくそれを使う人間だという銃規制反対論者の決まり文句だ。

その発言に、英国出身の人気司会者ピアース・モーガンは切れた。

「私の国、イギリスでは銃で死ぬ人はほとんどいません。銃がないからです!あんたは本当に愚劣な男だ!」

よく言った!

私は心の中で拍手をしたが、モーガンには勝ち目はなかった。テキサス州の保守系ジャーナリストがモーガンの国外追放を求める署名運動を始めると、なんと10万人以上の署名が集まった。国民の多数が銃規制強化には賛成しているものの、銃所持禁止には消極的だからだ。

これで彼の番組は視聴率急落で消滅。ただ国外追放は免れた。合衆国憲法修正第1条で言論の自由が認められているからだ。なんとも皮肉な銃規制論争の結果である。今日も米国のどこかで銃声が響いている。

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彼は今、何を語るのだろうか

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その男とは激論を覚悟していた。私は当意即妙の生放送を得意としているが、彼の場合は突然どんな話しが飛び出すか予測がつかない。世間の反発の可能性や公安調査庁の監視の目もある。なにしろあれだけの大事件に関与していたのだから。

事件とは13人が死亡、5800人以上が負傷した「地下鉄サリン事件」のことだ。男は、犯行を行なった武装カルト教団オウム真理教の元幹部上祐史浩氏である。

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今から26年前の1995年3月20日。通勤ラッシュ時の午前8時頃,東京霞ヶ関を通過する地下鉄丸ノ内線、日比谷線、千代田線の3路線の車両でほぼ同時に猛毒の神経剤サリンが散布された。口から白い泡を吹きながら駅構内から次々と運び出される乗客たち。防護服と防毒マスク姿で慌ただしく動き回る捜査員や自衛官。けたたましく鳴り響く救急車のサイレン。

現場は思い出しても身震いするような阿鼻叫喚が広がっていた。なにしろ化学兵器サリンが平和な大都会の真ん中で無差別に使われた前代未聞のテロ攻撃である。現場は大混乱し、衝撃は瞬く間に世界へ広がった。

教祖だった麻原彰晃(本名:松本智津夫)をはじめ13人の幹部や実行犯にはすでに死刑が執行されている。だから上祐氏は未だ謎が残る教団の中枢を知る数少ない生き証人だ。

事件直後から教団の広報担当として連日ワイドショーやニュース番組に出演して教団の関与を激しく否定していた姿は今も目に焼き付いている。「ああ言えば上祐」とさえ揶揄された。同氏は95年10月、有印私文書偽造の容疑で逮捕起訴され懲役3年の実刑を受けた。出所後はオウム真理教の後継団体であるアレフの代表になったが内部対立から脱会。2007年5月に新団体「ひかりの輪」を設立している。

なぜあんな凶悪事件を起こしたのか? 資金源は?今欧米で広がる陰謀論とオウムのマインドコントロールとの共通点は? そんな疑問に思いを巡らせながら3月某日夕刻、私が編集主幹を務めるウェブニュース番組『オプエド』のスタジオに入った。

新型コロナ流行のため上祐氏とはリモートでの対論となったが、まず驚いたのは彼の拍子抜けするほど穏やかな物腰だった。そして現在はオウム信仰から完全に脱却し、教祖の麻原彰晃は人格障害者だったと切って捨てた。

代表を務める「ひかりの輪」(信者数約150人)は特定の教祖や宗派を信仰せず、仏教の思想や瞑想法、心理学を学ぶ教室だという。被害者支援機構と賠償契約を締結し外部監査委員会も設けている。

しかし彼の言葉を素直に受け入れることは正直まだ私には難しかった。以前に別の国際的なカルト教団の取材をした経験があり、洗脳を解くことがいかに難しいかを実感していたからだ。一度だけだったが、上祐氏の口から麻原に敬意を表わす「尊師」という言葉が漏れたことがあった。

公安調査庁は「麻原の意志に従い、また、麻原の影響から脱していない。いわゆる麻原隠しをしている」として、アレフやひかりの輪など3団体の観察処分を今年1月からさらに3年間延長している。

1000億円とも言われたオウムの資金源も未だに不透明だ。そのことを問いただすと、上祐氏は入信者に布施として差し出させた資産やパソコンショップの売り上げなどを挙げた。しかしその程度で化学兵器開発や海外から武器調達ができたとは考えにくい。当時は暴力団への覚醒剤密売が噂された。だがそれを知るキーパーソンだった教団幹部村井秀夫は1995年に暴力団員に刺殺されてしまっている。まさに死人に口なしだ。上祐氏は暴力団との繋がりは知らないと主張したが、教団が入信者に覚醒剤などの薬物を投与していたことは認めた。

オウム幹部には理系の高学歴者が多かった。村井は大阪大学理学修士。実行犯の豊田亨は東京大学物理学専攻修士、廣瀬健一は早稲田大学理工学部応用物理学科を首席で卒業。慶応大学医学部卒業の林郁夫は優秀な心臓外科医だった。

彼らに共通していたのは何かと問うと、上祐氏からは「エリートならではの現実社会に対する絶望感」という答えが返ってきた。彼自身も早稲田大学大学院から宇宙開発事業団(現在のJAXA)に就職している。だが麻原の「世界戦争が起きる」という誇大妄想の陰謀論に引き込まれて出家したという。

カルト集団は恐怖や薬物などを巧みに使って他人の人生観や世界観を根底から覆してしまう。いちど洗脳されてしまうとそれを解くのは並大抵のことではない。オウム真理教のような狂気と幻想は、格差と不安が広がる現代社会でさらに増幅している。1月に米首都ワシントンの連邦議会議事堂を襲撃した熱狂的トランプ支持者の多くが信奉する陰謀論「Qアノン」などその最たる今そこにある危険だ。

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戦う孔雀

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Aung San Suu Kyi 2016

 「戦う孔雀」がまた囚われの身になってしまった。

といっても動物園の話しではない。日本でもすっかり有名になったミャンマーの民主化運動家でつい先日まで国家最高顧問だったアウン・サン・スーチー女史のことである。

このところ彼女とは口も聞かないほど険悪な関係になっていた国軍最高司令官のミン・アウン・フライン将軍が2月1日に突如軍事クーデターの暴挙におよび、スー・チー女史をはじめ数百人の活動家を拘束して全権を掌握したと宣言してしまった。夜間外出禁止令も発令され、インターネットや軍営放送以外のテレビニュースは遮断されているという。

ミャンマーは1962年から2011年までの半世紀近く軍事政権の恐怖政治に支配されてきたアジアの仏教大国だ。しかし2015年の総選挙でスー・チー女史が率いる与党・国民民主連盟(NLD)が圧勝、初の文民政権が誕生した。欧米の制裁も緩和され、少数民族迫害問題はあるものの、経済も回復基調で国際的に評価が高まっていた。そんな矢先の暴挙だった。

反民主的なクーデターを起こせば欧米から厳しく非難され経済にも悪影響が出ることは百も承知だろうと思うのだが、権力の亡者はけっこう理にかなわないことを平気でやる。なにしろ執念にとりつかれているから見境がない。

じつは、民政移管後も国軍は強固な政治的権力を維持してきた。国軍最高司令官は議会全議席の4分の1を任命する権限を持ち、国防大臣、内務大臣、国境大臣の3つの要職も指名できると憲法で定められているからだ。外国籍の家族を持つ人物は大統領に不適格という規定も英国人と結婚しているスー・チー女史を国家元首にさせないためだ。

それをいいことにフライン将軍ら軍幹部は少数派イスラム教徒ロヒンギャを残虐に弾圧し、さまざまな経済的利権で私腹を肥やしてきたといわれている。それなら文句はないのではと常人はかんがえる。だがこの将軍にはメラメラと燃える野心があった。今年夏の任期切れ後に次期大統領になるという野望だ。

ところがその夢が吹っ飛ぶ出来事が起きた。昨年11月の総選挙で国軍が支援する連邦団結発展党(USDP)がNLDに大敗してしまったのだ。激怒したフライン将軍は「総選挙で不正が行われた」という根拠なき理由でクーデターを企て実行に移したのである。これで自身が引退する必要がなくなりスー・チー女史を押さえ込めると思ったのだろう。なんだか「不正選挙だ!」と叫んで過激な支持者に連邦議会議事堂を襲撃させた傍若無人なトランプ前米大統領を彷彿とさせる。

だがそれも誤算だった。なぜなら国民の大多数がスー・チー女史を「私たちの母」と呼ぶほど敬愛しているからだ。その結果が全土で野火のごとく燃え広がった数万人の抗議デモである。

国軍は各地で装甲車を展開して脅したが、そんなことでデモ隊は怯まない。なにしろ彼らのリーダーは、軍政による幾度もの自宅軟禁に耐えてノーベル平和賞も受賞している「戦う孔雀」だからだ。

 ミャンマーでは2007年にも大規模な流血の反政府デモが起きた。多数の僧侶も参加したため僧衣の色から「サフラン革命」と呼ばれた。サフランの花言葉は「歓喜」そして「過度をつつしめ」「乱用するな」だ。

その花言葉とは裏腹に、また流血の惨事が繰り返されるかもしれない。

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