蟹瀬誠一コラム「世界の風を感じて」

蟹瀬誠一(かにせ・せいいち)

国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授
(株)アバージェンス取締役
(株)ケイアソシエイツ副社長
1950年石川県生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、米AP通信社記者、仏AFP通信社記者、米TIME誌特派員を経て、91年にTBS『報道特集』キャスターとして日本のテレビ報道界に転身。東欧、ベトナム、ロシア情勢など海外ニュース中心に取材・リポート。国際政治・経済・文化に詳しい。現在は『リーダー&イノベーション・賢者の選択』(日経CNBC,サンテレビ、BS-12)、『マネーの羅針盤』(テレビ東京)のメインキャスター。カンボジアに小学校を建設するボランティア活動や環境NPO理事としても活躍。
2008年より2013年3月まで明治大学国際日本学部長。
趣味は、読書、美術鑑賞、ゴルフ、テニス、スキューバ・ダイビングなど。


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今北米・中米で起きている政情不安

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お騒がせトランプ米大統領が2月15日、メキシコとの国境に壁を建設する費用を確保するため、国家非常事態を宣言した。国境を越えて侵入してくるメキシコからの不法移民は強姦魔と麻薬密売人ばかりだというのが言い分だが、アメリカ人とメキシコ人のどちらが極悪か歴史をきちんと勉強したほうがいい。

アメリカの歴史はトランプを遙かに凌ぐ嘘と武力で塗り固めた領土拡大のオンパレードだ。1776年の独立当時、アメリカ「合州国」は大西洋岸の東部わずか13州だった。それが大西洋から太平洋まで達する広大な国家になったのは、武力によるイギリス植民地獲得、フランス・スペインからの領土買収、先住民虐殺、そしてメキシコを襲った悲劇の結果だ。

現在のテキサス州はもともとメキシコの領土だった。陽気で寛大なメキシコ人は1820年代から姿を見せ始めたアメリカからの移民を温かく受け入れた。ところがその数が2万人を超えた入植者たちは「テキサスはアメリカの領土だ」と勝手に独立宣言し、戦争の末メキシコからテキサスを奪った。

さらに軍事力も経済力も劣るメキシコの弱みにつけ込んで、今のニューメキシコやカリフォルニアまでも略奪した。アメリカのイデオロギーは民主主義ではなく「明白な運命(マニフェスト・デスティニー)」、つまり権力拡大はアメリカの天命だという身勝手な思想だ。トランプの「アメリカ・ファースト」の背景にはその思想がある。

「天命」に従って、パナマ、グアテマラ、アルゼンチン、ブラジル、エルサルバドル、キューバ、チリ、ペルーなど中南米に勢力を拡大。「エコノミック・ヒットマン」やCIAが暗躍して手口はより巧妙になった。エコノミック・ヒットマンとは表向き国際コンサルティング企業職員だがじつは米国の利益のために秘密裏に途上国を食い物にする連中だ。

彼らの手口は、まず天然資源豊富な途上国の指導者に世界銀行などの融資の話を持ちかけ、国に巨額の債務を負わせる。融資された資金はインフラ建設などを請け負う米企業と現地の権力者の懐に入る。やがて債務返済に窮した債務国政府は天然資源や国連の議決権を奪われ、米軍基地建設を強いられたりする。逆らう奴の暗殺や軍事介入も辞さない。

この事を知れば、豊かな自然に恵まれ世界屈指の産油国であるベネズエラが今なぜ未曾有宇の経済危機に陥っているかがわかる。1922年に原油が噴出して以来、およそ半世紀でベネズエラは最貧国からラテンアメリカで最も豊かな国のひとつになった。

するとインフラ整備や産業プロジェクトに世界銀行などから多額の融資が行われ、汚職が蔓延。原油価格崩壊後は債務返済でなくなり、貧困が拡大、「王様と物乞いの国」と呼ばれるほど深刻化した。これが緊縮財政、民営化、外資導入というアメリカ流新自由主義(小泉・竹中内閣も導入しました)の本性なのである。

それに反旗をひるがえして登場したのが反米社会主義チャベス政権だ。欧米では独裁者のレッテルが貼られているが、貧困層と軍の支持を受けたチャベスは石油が生み出す富を国民に等しく分けるため主要産業の国有化や価格統制を断行した。その路線を引き継いだのがマドゥロ大統領だが、原油価格の下落とアメリカの経済制裁によって経済は悪化の一途を辿っている。

打倒反米政権に燃えるアメリカはすかさず親米で暫定大統領を自称するホアン・グアイド氏(国会議長)の支持を表明、軍事介入も辞さない構えだ。これに対してマドゥロ政権を支援するロシアや中国などが猛反発、さながら世界を二分した東西冷戦を彷彿とさせる状況になっている。

罪深きは自由と民主主義の美名を借りたアメリカの露骨な勢力拡大主義なのだ。

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トランプの2019年はバラ色か?

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今年はいったいどんな年になるのだろう。そう思いあぐねていたら、ある人物がオーストラリアの研究機関へ寄稿したコラムが目に留まった。その人物とはジョセフ・E・スティグリッツ。コロンビア大学の教授である。ノーベル経済学賞を受賞し、米クリントン政権で経済諮問委員会委員長を務めた経済学者である。

コラムのタイトルはずばり「A Very Trumpian Year(トランプ色に染まる年)」。就任以来数限りない虚言、暴言、妄言で政策をちゃぶ台返しをしてきたトランプ大統領が世界にまき散らした悪い種が発芽して、混乱極まりない年になるという恐ろしい予言だ。

そういえば、知人で米リスクコンサルティング会社ユーラシアグループを率いるイアン・ブレマー氏が発表した2019年の10大リスクのトップも「Bad seeds(悪い種)」だった。危機に瀕する米国の民主主義や、止まらないロシアのサイバー攻撃、欧州でのポピュリズム(大衆迎合)政治の台頭、中東の不安定化、同盟関係の弱体化など、世界中の地政学的事象のほとんどの原因は悪性トランプ・ウィルス感染によるものだという。

世界的な最大の関心事はやはり「米中新冷戦」だろう。トランプ大統領就任直後は驚くほどの蜜月関係を演じた両国首脳だったが、その目的が北朝鮮を制御するための大芝居だと露見した後は坂道を転げ落ちるように対立が深刻化している。

米国では、大統領の独断専行に嫌気がさした国際協調派の側近が政権から次々と姿を消した。残ったのはロス商務長官やナバロ補佐官といった対中強行派ばかりが目立つ。とくに大統領選挙時にトランプ氏に重用されたナバロ氏は『米中もし戦はば』という物騒な著書だけでなく、経済学者時代には『中国がもたらす死』というドキュメンタリー映画まで自作した筋金入りの反中派だ。

一方、国内で一強体制を確立した習近平主席は、数で米国を圧倒することを目指したこれまでの対米軍事戦略から先端技術による情報支配へとシフトしている。サイバー戦闘能力を増強するとともに、専門家によれば、「暗殺者の槌矛(つちほこ)」戦術を練っているという。耳慣れない言葉だが、一見優位にみえる敵の能力を弱点として利用する戦術のことだ。

米国はハイテク技術に優れ、配電・交通・金融といった社会インフラから陸海空軍まですべてネット回線で繋がっている。しかし、その優位性はシステム内部にマルウェアを埋め込まれるなど外部から不正侵入されると大規模な機能不全を引き起こす弱点にもなる。

米中貿易戦争は早晩中国が譲歩して決定的な対立には至らない。だが、水面下で繰り広げられるサイバー技術戦争はこれからも激化するだろう。ちなみに、安全保障専門家リチャード・クラーク氏よれば、総合サイバー戦争能力でいちばん優れているのは北朝鮮だという。

北朝鮮は高度のサイバー攻撃能力を持っているが、回線がほとんど遮断された国内には米韓のサイバー戦士が攻撃できる目標がほとんど存在しないからだそうだ。

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地球の片隅で今も脅威の種が息づいている

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1990年代半ばに観た『アウトブレイク』という映画は背筋が寒くなる作品だった。アフリカからペット用に密輸されたサルが原因で致死率100%の殺人ウィルスがアメリカで爆発的に拡散し、人々が目や耳から出血して次々と死に至るサスペンスだったからだ。映画評論家の故淀川長治だったらきっと「怖いですね、怖いですね」と繰り返しただろう。

今、その殺人ウィルスのモデルとなったエボラ熱(致死率50~90%)の感染がアフリカ中部コンゴ民主共和国(旧ザイール)で急拡大している。同国の保健省によると、これまで見つかった患者は計542人(12月18日時点)。そのうち319人がすでに死亡したという。ウィルスは野生動物から感染し、接触感染で人から人へと拡大するからやっかいだ。

コンゴのエボラ熱流行は1976年にアフリカ中部で初めて集団感染が確認されて以降10回目だが、今回は「破滅的な事態」になる可能性があると世界保健機構(WHO)は警告している。地域の無関心や地下資源を巡って繰り返される武力紛争が迅速な対応を妨げているからだ。医師が反政府勢力に殺されたりしている。

史上最悪のエボラ熱の流行は2014年、西アフリカで起きた。ご記憶の方もいらっしゃるだろう。ギニアをはじめとする西アフリカ6カ国で約2万9千人が感染し、死者数は1万1千人を超えた。医療従事者の間でも感染が起き、支援団体がボランティアを撤退させたというから並大抵のことではない。

今回のウィルスはコンゴの地方から人口が密集している都市部に急速に広がっており、「爆発的拡大」の可能性が大だ。取材先で出会う医師や看護師の献身的な働きぶりには頭が下がるが、一般人は危険地域に近づかず最新情報に注意をはらうのが得策である。

じつは、私たちの身のまわりにも20世紀最悪の人的被害を出した感染症の脅威が存在している。毎冬流行するインフルエンザだ。今では"忘れられた記憶"となっているが、1918年から19年にかけて欧州を中心に世界各地を襲ったインフルエンザ(通称スペイン風邪)は世界人口のなんと3割にあたる5億人に感染し、第一次世界大戦の死者の4倍以上の4000万人~5000万人、日本だけでも関東大震災の犠牲者の5倍近くの45万人、の命を奪っている。そうなんです。インフルエンザを甘く見ちゃいけません。世界経済にも大打撃だった。

もちろん現在ではインフルエンザに関する予防・対処情報が世間に広くしらされていて、ワクチンやタミフルが開発されているからスペイン風邪のような大流行は起きないだろう。しかし考えてみると、今は年間13億人超が飛行機や他の交通機関で世界を飛び回っている大移動時代。新たな感染症がパンデミックを引き起こすリスクは常に存在していると考えたほうがいい。

いたずらに恐怖を煽るのは好ましくないが、デング熱重症患者経験のある私としては、日本のメディアはエボラ熱にもっと関心を持って報道すべきだと思う。

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米国リベラルと保守の周期

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「私への信任投票だ」

トランプ大統領が自らそう豪語していた米議会中間選挙は、大方の予想通り与党・共和党が下院の支配を失い8年ぶりの上下院「ねじれ」という結果になった。負けず嫌いのトランプ氏は敗北を認めないが、米国はこの先いったい何処へ向かうのか。

その答えとして、私はある米歴史家の知見に注目したい。長年に渡って米国政治を鋭く分析し、二度のピュリツァー賞受賞に輝いた故アーサー・M・シュレジンジャー、Jr.博士の米国政治周期説だ。

博士によれば、米国政治は振り子が振れるようにリベラルと保守が交代する30年周期がある。公共の利益を追求する20年と、理想主義に疲れ果て自己利益を優先する弛緩した10年がセットになって繰り返されてきたというのだ。

20世紀最初の20年間は革新運動と第一次世界大戦の時期だった。T・ルーズベルト大統領は公共の利益を強調し、ウィルソン大統領は「民主主義のための闘いを」を標榜した。だが、そんな理想主義に飽きた米国民は博打好きの共和党候補ハーディングを大統領に選択。それからおよそ10年後のフーバー大統領時代に大恐慌に突入している。

その後、再び情熱と理想主義の20年間が復活。F・ルーズベルト大統領、第二次世界大戦、トルーマン大統領の時代である。だが、不況や戦争に疲れ情熱を失った人々は1950年代には内向きの10年に逆戻り。ケネディ、ジョンソン大統領の時代(1060年代~70年代)にも理想主義と改革の機運が高まったが、1980年代に疲弊した国民が選んだのはレーガン、ブッシュ政権の物質主義、快楽主義だった。見事な30年周期である。

今世紀に入って、情報技術の進歩がこのサイクルを早めたと博士はいう。国際協調を唱えたオバマ大統領の理想主義に熱狂した人々は8年間の道徳的忍耐に疲れ、自国優先主義のトランプ大統領を選択した。自称「ナショナリスト」のトランプ氏の内政・外交は今後さらに過激なものになっていくだろう。手始めに、自身のロシア癒着疑惑捜査を阻止するため司法長官を更迭した。さらに気に入らない側近を排除していくだろう。

7790億ドルまで悪化した財政赤字はさらに膨らむ。対立するはずの民主党も人気取りのため債務増大を容認しているからだ。外交では、中国、ロシア、イランとの対決姿勢がさらに鮮明になる。周期説からみれば、中間選挙はトランプ大統領の信任投票ではなく、米国民が再び建国の父たちの理想主義に目覚めるまでの苦痛に満ちた通過点にすぎない。

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トルコの風が吹けば桶屋が儲かる

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サウジ王家を厳しく批判していたサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の不可解な失踪が中東のパワーバランスまで揺るがす事態にまで発展している。まるでスパイ映画のような展開だから目が離せない。

 10月2日、カショギ氏はフィアンセのトルコ人女性と結婚に必要な書類を受け取るためトルコの首都イスタンブールにあるサウジ総領事館を訪れた。だがその後の足取りが忽然と消えてしまった。同氏はすでに総領事館から出たとサウジ当局は主張していたが、その痕跡がなく殺害されたのではという疑惑が急浮上したのである。

まず米メディアなどが、トルコ当局者の話しとして、カショギ氏は館内に入ってすぐに殴打され、薬物を投与されわずか7分で殺害されたと伝えた。遺体はサウジ内務省の法医学者によってバラバラに切断されたという。

その様子は同氏がつけていた腕時計型端末「アップルウォッチ」経由で建物の外で待っていたフィアンセのスマートフォンに記録されていたことから判明したというが、その話は疑わしい。データ転送距離が遠すぎるからだ。おそらくトルコ政府の盗聴を隠すための作り話だろう。

犯行を指令したのは誰か。疑いの目はすぐに昨年6月に父サルマン国王の後継者に選ばれたサウジのに向けられた。トルコ側が特定した15人の容疑者のうち複数がムハンマド皇太子と繋がりがあったからだ。

サウジ当局は皇太子の関与を否定していたが、深刻な国際問題に発展しため、一転カショギ氏の「死亡」を認めた。サウジ国営テレビによれば、面会中に口論になり死亡したとし、皇太子の側近であるアフメド・アシリ少将を情報機関ナンバー2の地位から解任したという。だがどうみても皇太子が知らずに殺害が行われたとは考え難い。国際世論を敵に回した皇太子の威信は失墜した。

もうひとり評判を落とした人物がいる。米国のトランプ大統領だ。事件発覚から終始サウジ皇太子を擁護する発言を繰り返し、人権無視と長きにわたるサウジ王家との個人的ビジネス上の癒着に内外から批判が集中したからだ。

今回もっとも得をしたのはトルコのエルドアン大統領である。殺害の証拠となる音声記録を武器に敵対するサウジに圧力をかけ、その一方で米国に対してはクーデター容疑で2年間拘束してきた米国人牧師を突然釈放してトランプ大統領に貸しをつくった。これで中東地域でのトルコの影響力が強まったことは間違いない。

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